2025年3月、メイさんは上海交通大学医学部付属新華病院で、塩基編集システムを搭載したアデノ随伴ウイルス(AAV)の粒子が数兆個含まれる液体を脊髄に注入されました。治療の目的は、CHD3遺伝子の一塩基変異を修正することでした。これは、DNA配列の1つのヌクレオチドを変更できる、より精密なバージョンのCRISPR遺伝子編集である塩基編集の、初めてのヒトへの応用でした。
注入から7日後、メイさんは高用量ウイルスベクターに対する壊滅的な炎症反応である重度の免疫反応により死亡しました。彼女の死から2日後、病院の倫理委員会は緊急会合を開き、死因は治療と「明確に関連している」と結論づけました
。死因は後に、過剰な免疫反応によって引き起こされることが多い血栓性微小血管症と記載されました
。
この死亡は決して公に報告されませんでした。神経科学者の仇子龍(Qiu Zilong)氏が率いる研究チームは、2026年2月にNature誌(第651巻、785–795ページ)に、マウスにおける塩基編集技術の概念実証論文を発表しました。この論文には、メイさんの治療や死亡についての記述は一切ありませんでした。調査によると、家族への謝辞を含む原稿も最終版から削除されていました
。Nature誌は問い合わせに対し、査読プロセス中に編集者や査読者はこの臨床試験や患者の死亡について知らされていなかったと回答しました
。
ScienceとRetraction Watchによる共同調査は2026年7月23日に発表され、公式文書、通信記録、家族の証言を入手し、事件の全容を明らかにしました。調査ではまた、治験に至るまでの動物の安全性データに、関連研究で4匹のサルに肝臓と腎臓の問題が発生したという憂慮すべき兆候があったことも明らかになりましたが、これも開示されていませんでした
。
2026年7月26日、上海交通大学医学部はこの事件を調査していることを確認し、「本件を非常に重要視しており、特別作業グループを設置して全面的な調査を実施している」と述べました。主導研究者の仇子龍氏は調査対象となっています
。
この事例は、特に小児患者において高用量のAAVベクターが中枢神経系に直接投与された場合の免疫反応のリスクが、よく知られているにもかかわらず過小評価されていることを浮き彫りにしています。治験に至るまでの動物の安全性データはすでに憂慮すべき兆候を示していましたが、完全には開示されていませんでした。
SNIBCPSは発達障害であり、致死的な疾患ではありません。軽度の症状しかない子供に対して、高用量で初めてヒトに適用される脳の遺伝子編集処置を行うことのリスクとベネフィットの計算は、現在厳しい精査を受けています。専門家は、既知のリスクを正当化できる潜在的なベネフィットがあったのかどうか疑問視しています。
この事件は、中国では実験的な遺伝子治療が最小限の監視のもとで進行し得ることを明らかにしています。すなわち、公的な治験登録の義務なし、有害事象を国際的な登録機関に報告する義務なし、そして罰則が弱いということです。わずか3,600ドルの罰金は、全く不十分であると広く見なされています
。この治験は、国家レベルの承認を必要としない「治験責任医師主導治験」(IIT)という規制経路で実施されました
。
小児の死亡を隠蔽し、その後あたかもヒトでの治験が行われなかったかのように動物実験の好ましいデータを発表したことは、世界的に遺伝子編集治療に対する公的および規制上の信頼を損なうリスクがあります。治験登録の義務化、有害事象報告の義務化、より厳格な独立した倫理審査を求める声が強まると予想されます。
Nature誌の論文がヒトのデータと死亡を省略していたことから、論文を訂正または撤回すべきかどうか、また著者らが査読者を誤解させたかどうかについて疑問が生じています。家族は正式に著者らに対して論文の撤回を求めており、上海交通大学にも苦情を申し立てています
。
この調査は公式文書、通信記録、家族の証言に基づき徹底的に行われていますが、関係する研究者(仇子龍氏とそのチーム)はまだ詳細な公の回答をしていません。大学の広報担当者は当初、この件は「まだ調査中である」とだけ述べました。大学の調査の最終結果も、最新の報告時点では未定です
。
この事件は、遺伝子治療分野にとって極めて重要な瞬間を示しており、科学的な野心が規制上の安全策や倫理的な透明性を上回ったときに起こり得る深刻な結果を如実に示しています。