2017年の観測で得られた画像は、直径42±3マイクロ秒角(μas)の非対称で明るいリングと、その内部の暗い領域(フラックス比約10:1)を描き出しました。このリングの大きさと形状は、アインシュタインの一般相対性理論が予言する「カー・ブラックホールの影」と完全に一致しています。
1年後の2018年の観測では、リングの直径は43.3μas(誤差範囲内で2017年と一致)と安定している一方、リングの最も明るい部分の位置が2017年の南東から2018年には南西へと、約30度も移動していることが明らかになりました。この「明るさのピークシフト」は、ブラックホール自体の変化ではなく、その周囲を取り巻く降着円盤の「乱流」が原因であると特定されました。
2021年に発表された偏光画像は、事象の地平線近傍で磁力線が規則正しく渦を巻く「スパイラルパターン」を初めて捉えました。さらに2025年の最新研究では、この磁場の向きが時間とともに変化することが判明。2017年には一方方向に巻いていた磁場が2018年に落ち着き、2021年には再び反転していたのです。これはブラックホールを取り巻く磁気圏が、想像以上にダイナミックで活発であることを示しています。
EHTが1.3mmで観測する一方、GMVA(グローバルミリ波VLBIアレイ)とALMA(アルマ望遠鏡)を組み合わせた86GHz(波長3.5mm)での観測は、リング構造と同時に、ブラックホールから噴出する相対論的ジェットの根元を鮮明に捉えることに成功しました。画像は、ブラックホールの「コア」から三叉のジェットが立ち上る様子を示しており、ジェットがブラックホールのごく近傍(事象の地平線から数重力半径の範囲)から発生していることを示す最も直接的な証拠となりました。
そして、2026年7月、中国の上海天文台を中心とする研究チームが、1.3mmと3.5mmの二つの周波数帯の観測データを組み合わせることで、史上初となる「ブラックホール事象の地平面スケールでの空間分解スペクトル指数マップ」の作成に成功しました。このマップにより、ブラックホールを取り巻くプラズマの放射特性が、中心からの距離によってどのように変化するかが初めて視覚化されました。
この転移点は、ちょうど3.5mmで観測されるリングの大きさと完全に一致しており、リング構造が単なる放射の「見かけ」ではなく、プラズマの物理状態の変化を直接反映していることを明らかにしました。
これらの画像はすべて、「超長基線干渉計(VLBI)」という手法によって作られました。これは、地球規模に分散した複数の電波望遠鏡を同期させ、地球サイズの仮想的な巨大望遠鏡を構成する技術です。
M87*の周囲は、超高温に熱せられ、強力な磁場に支配されたプラズマの「降着流」です。この流れの中の乱流が、リングの明るさや非対称性の時間変動の主な原因であることが、2025年の研究で確認されました。最新のシミュレーションは、この降着流が電子とイオンで温度が異なる「二温度プラズマ」であり、磁気的に制動された円盤(MAD)の状態にあることを示唆しています。プラズマからの放射は、磁力線に巻き付いて螺旋運動する相対論的電子からのシンクロトロン放射で説明されます。
偏光画像の分析から、2017年から2021年の間に、ブラックホール近傍の磁場の向きが二度も反転したことが明らかになりました。質量が太陽の65億倍もあるM87*では、事象の地平線近くの公転周期が約1ヶ月であることを考えると、この変化は驚くべき速さです。これは、ブラックホールの磁気圏が決して静的なものではなく、数年単位で活発に進化していることを示しています。
2026年に発表されたスペクトル指数マップは、プラズマの状態が中心からの距離に応じて系統的に変化するという直接的な観測証拠を提供しました。この勾配は、ブラックホール物理学における長年の謎である「粒子加速」や「電子加熱」のメカニズムに、これまでにない強力な制約を与えるものです。
リングの直径は2017年から2018年にかけて約40μasで安定しており、これは65億太陽質量のカー・ブラックホールが作る影の予測と完全に一致します。しかし、リングの最も明るい部分の位置は移動します。この約30度のシフトは、ブラックホール自身の変化ではなく、降着流の乱流によって引き起こされることが理解されました。
リングが非対称に明るいのは、回転する降着円盤内の相対論的プラズマによる「ドップラー・ビーミング」と強い重力による「重力レンズ効果」の組み合わせによるものです。この非対称性の振幅と位置は乱流とともに変動し、その変動パターンをGRMHDシミュレーションと比較することで、ブラックホールの「スピン」に関する情報が得られる可能性があります。ただし、現時点のデータからはスピンは特定されていません。
3.5mmでの観測では、リング状の降着構造が相対論的ジェットの根元と直接つながっていることが示されました。画像は、ブラックホールのコンパクトな電波コアから三叉のジェットが発生する様子を捉えており、ジェットが事象の地平線のすぐ近く(数重力半径以内)から噴出していることを示す最も強力な証拠です。
将来的には、より多くの望遠鏡を加えた拡張EHTアレイにより、M87*の降着流を数ヶ月から数年単位で追跡する「タイムラプス動画(真のブラックホール映画)」の作成が期待されています。
毎年の観測エポックで、影の大きさと形状が一般相対性理論の予測と一致し続けていることは、強重力場における理論の検証を強固なものにしています。
2026年の二波長同時観測の成功は、プラズマの微物理を探るための「スペクトル指数マッピング」という強力な手法を確立しました。この手法は現在、天の川銀河中心のSgr A*など他のブラックホールにも応用され始めており、次世代EHT(ngEHT)では日常的な観測手法となるでしょう。
月単位の時間分解能でM87*の変動やジェットのダイナミクスを捉えることを可能にする、「Event Horizon Imager」のような宇宙VLBIミッションも提案されています。
EHTの7年にわたる観測は、M87*を単なる一枚の印象的な画像から、多波長、時間軸を含んだ豊かなデータセットへと変貌させました。リングは永続的でありながら動的であり、磁場は休むことなく変化し、そして初のスペクトル指数マップは、ブラックホールへの「供給」と「フィードバック」を司るプラズマプロセスへの新たな窓を開きました。拡張されたアレイと改良された技術により、今後数年のうちに、このデータセットはブラックホール初の「動画」へと成長し、ひいては特異点の縁における重力の決定的な検証をもたらすかもしれません。