つまり、認知能力向上のために大きな脳が直接選ばれたのではなく、繁殖や発達に関わる他の形質への選択圧が、結果として脳拡大をもたらした可能性が高いのです。これは「脳サイズに直接作用する強い淘汰圧」を前提とした従来の進化観を根底から覆すものです。
『PNAS』(2024年11月26日付)に発表された別の研究は、ヒト族の脳サイズ増加が主に個々の種の系統内で生じたことを示しました。これは、種を超えた大規模な淘汰ではなく、種内での漸進的なプロセスが脳拡大を駆動したことを示唆し、上記のエボデボモデルと矛盾しません。
顔面縮小に関しては、脳拡大と必ずしも同一のメカニズムではない可能性が浮上しています。
2025年のプレプリント研究は、ヒトが他の類人猿と比較してほぼ全ての頭蓋顔面領域で最も高い進化速度を示すことを発見しました。これはヒトの顔に強い種特異的な選択圧がかかっていることを示唆しています。
長年にわたり、人類学では「より大きな脳を持つ個体が生存と繁殖に有利であり、自然淘汰が直接脳サイズを大きくした」というパラダイムが支配的でした。
しかし、今回の一連の研究はこの前提を次のように覆します。
単一の『Nature Communications』論文が脳拡大と顔面縮小の両方を同時に説明しているわけではありません[注]。しかし、複数の研究の総合は、ヒトの頭蓋顔面進化が単純な適応のストーリーでは説明できない複雑なプロセスであることを明確に示しています。
注:『Nature Communications』には、顔認識の神経基盤や、脳サイズと顔サイズの関連、環境が脳サイズに与える影響など、関連する個別論文は複数存在しますが、本質問が想定する「脳拡大と顔面縮小の進化的駆動力を統合的に論じた単一論文」は確認できませんでした。
今後の研究では、脳と顔の進化的統合(インテグレーション)と、環境・文化・社会シグナリングの相互作用を考慮した、より包括的なモデルの構築が期待されます。
Hominin brain size increase has emerged from within-species encephalization, PNAS, 2024.
Evolutionary–developmental (evo-devo) dynamics of hominin brain size, Nature Human Behaviour, 2024.
Sutural growth restriction and modern human facial evolution, PMC, 2009.
The evolutionary history of the human face, Nature Ecology & Evolution, 2019.
Accelerated evolution increased craniofacial divergence between humans and other apes, UCL Discovery preprint, 2025.
Evolutionary–developmental dynamics of hominin brain size, Nature Human Behaviour, 2024.
Different environmental variables predict body and brain size evolution in Homo, Nature Communications, 2021.
Effects of brain and facial size on basicranial form in human and fossil hominins, JHU, 2010.
Need for social skills helped shape modern human face, University of York, 2019.
JASs Invited Reviews (craniofacial evolution), CiteSeerX.
Hominin brain size increase has emerged from within-species encephalization, PNAS, 2024.