イラン外務省のエスマイル・バガエイ報道官は、米イスラエルの攻撃を支持または擁護した国々は招待しなかったと確認した 。西側諸国の高官は一人も参列しなかった 。一方、イラン国営放送IRIBは100カ国以上の代表団がテヘランに集まったと伝えたが、イラン大使館(インドネシア)の集計など他の情報源によると、公式政府代表団を派遣したのは約30~40カ国だった 。この数字の乖離は、多くの国から政府レベルの代表団ではなく、非政府組織や宗教関係者が参加したことを反映している 。
パキスタン — 唯一の政府首脳(首相)が参列。シェバズ・シャリフ首相は高官級代表団を率いてテヘラン入りし、米イラン間の和平交渉におけるパキスタンの仲介役としての立場を示した 。シャリフ首相の出席は、パキスタンがワシントンとテヘランの「等距離」ではなく、テヘラン側に立つというメッセージと広く解釈された 。
ロシア — ドミトリー・メドベージェフ安全保障会議副議長(元大統領)をプーチン大統領の「特使」として派遣。プーチン大統領自身は参列せず、外務省関係者やスンニ派・シーア派双方の宗教指導者を含む構成は、ロシアがワシントンと別途交渉している複雑な立場を考慮したものと見られる 。
中国 — 何維・全国人民代表大会常務委員会副委員長(上級立法府議員)を派遣。閣僚級ではなく、中位の高位相当だった 。
インド — パビトラ・マルゲリータ外務副大臣とビハール州知事のサイード・アタ・ハスナイン退役中将が参列。複数の野党政治家(サルマン・フルシド, メフブーバ・ムフティ)も同行したが、閣僚級ではない 。
トルコ — ジェヴデト・ユルマズ副大統領を派遣 。
キューバとグルジア — 30カ国以上の代表団の中に確認された 。キューバのミゲル・ディアスカネル大統領は、ハメネイ師殺害を「国際法のすべての規範に対する重大な違反」と非難していた 。
その他の高官級参列者 — カタール、オマーン、サウジアラビア、イラク、アルメニア、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス、ウズベキスタン、カザフスタン、ベラルーシ、アフガニスタンのタリバン政権が代表団を派遣した 。
インドネシア — 駐イラン大使のロリアンシャー・ソエミラット氏を派遣。これは首都ジャカルタから派遣された閣僚ではなく、現地大使による代表であり、他のイスラム諸国に比べて低い外交的ジェスチャーだった 。
ボスニア・ヘルツェゴビナ — 公式代表団は派遣せず。参列国リストにボスニアの政府代表は含まれておらず、イランの招待ポリシーにより除外された欧州諸国の一貫と見られる 。
バングラデシュは特異なケースだった。政府は「深い悲しみ」を表明し、殺害を国際法違反と非難しながらも 、公式代表団は派遣しなかった 。代わりに、イスラム系野党「バングラデシュ・ジャマーアテ・イスラミ」の国会議員団がテヘランからの招待を受けて参列した 。同党の副党首で国会議員のムジブル・ラフマン教授が団長を務め、7月3日から9日までイランに滞在した 。このことは、政府ではなく非政府のイスラム政党が同国を代表したとして、国内で批判の対象となった。
イランの準公式通信社タスニムによると、アメリカは13カ国に対し、参加を取りやめるか縮小するよう圧力をかけたとされる 。マルコ・ルビオ国務長官や世界各国の米大使が、開発援助の削減や二国間関係の悪化をほのめかしながら、大規模な外交キャンペーンを展開したと報じられた 。この疑惑は独立した情報源では検証できていないものの、パキスタンを除く主要国の首脳級が参加しなかったという全体的なパターンと合致する 。
この外交的対応は、明確なヒエラルキーを浮き彫りにした。
西側諸国はイランが意図的に排除した。主要国の首脳が一人も参列しなかったことは、イランが国際的に孤立している証左として広く解釈された 。あるテロ対策専門家はフォックスニュースに対し、「主要国は誰もトップを送っていない。ベイルートからサヌアまで続く『抵抗の枢軸』のリーダーを自称する政権にとって、地域諸国だけが集まる葬儀こそ、彼らが否定したい孤立そのものだ」と語った 。