2025年6月下旬、米国が仲介したイスラエルとイランの停戦合意が発表されると、原油先物は急落した。WTI原油は2営業日で約15%下落し1バレル=64ドル近辺、ブレント原油は同67ドルを少し上回る水準で取引を終えた。米エネルギー情報局(EIA)も、需要減少と米イラン合意の可能性に関する報道を受けて、5月にブレント原油価格が下落したと確認している
。
しかし、この停戦は極めて脆弱だ。EIAの短期見通しは、ホルムズ海峡がほとんどの船舶通行に対して閉鎖されたままであるとの仮定に基づき、ブレント原油の平均価格を6月と7月に1バレル=105ドルと予測している。また、その後のユーロシステムの予測では、中東紛争の継続がエネルギーインフレの急騰に直結することが示されている
。市場はひとまず最悪の供給途絶シナリオを織り込んだが、再エスカレーションのリスクは依然として大きな不確定要素だ。
ECBは2025年6月の理事会で、預金ファシリティ金利を2.0%に引き下げた。同月のユーロシステムスタッフ予測では、総合インフレ率(HICP)は2025年に平均2.0%、2026年に1.6%、2027年に2.0%と見込まれている
。
この利下げを受けて、国債市場も慎重に反応した。ユーロ圏のベンチマークであるドイツ10年物国債利回りは7月初めに2.55%程度まで低下し、当月としては狭いレンジでの取引が続いた。政策期待はインフレやエネルギー価格のリスクに敏感で、トレーダーはデータが出るたびに追加利下げの可能性を探る姿勢を崩さなかった
。ECB自身も政策評価でデータ依存を強調し、追加緩和をあらかじめ約束することはなかった
。
ユーロ圏のインフレ見通しは、相反する2つのシナリオが存在するため、深い不確実性に覆われている。
| シナリオ | 2025年 HICP | 2026年 HICP | 2027年 HICP | 主要因 |
|---|---|---|---|---|
| 楽観ベースライン (2025年6月予測) | 2.0% | 1.6% | 2.0% | エネルギー価格下落、ユーロ高 |
| リスクシナリオ (戦争) (2026年6月予測) | – | ピーク3.4% | 2027年初頭まで3.0%超 | 中東紛争、エネルギーインフレ急騰 |
楽観シナリオは、2025年6月のユーロシステム予測に基づき、エネルギー価格の緩和が続くことを前提としている。一方、リスクシナリオは、中東紛争の直接的な結果としてエネルギーインフレが急騰し、総合HICPインフレ率が2026年第3・四半期と第4・四半期にピーク3.4%に達することを示している。これら2つの予測は矛盾するものではなく、地政学的な展開次第で起こり得る、現実的な範囲の両極端を示している。
ECB理事会メンバーのオリ・レーン氏は2025年6月の講演で、短期的にはインフレが目標を下回って推移するだろうが、「イスラエル・イラン紛争が持続的なエネルギー価格高騰につながらない限り」という条件をつけ、この緊張関係を如実に表現している。
ECBは、追加緩和を許容するベースラインシナリオと、利下げ休止や再引き締めさえも視野に入れざるを得ないリスクシナリオの間に挟まれている。シントラフォーラムでの慎重な議論の枠組みやECB自身の政策文言は、次の一手について確信を示すものではなく、不確実性を強調するものだ。
つまり、シントラからのメッセージは、更なる利下げの約束ではなく、「監視し、待ち、対応する」というコミットメントだった。次回のインフレ統計の発表は、これまで以上に重い意味を持つことになる。なぜなら、その数字が、どちらのシナリオが現実のものとなりつつあるのか、最初の決定的なシグナルとなるからだ。