金融機関のサクソ銀行は、この和平合意が「ドルを痛めつける(hurts the dollar)」と分析。地政学的リスクの後退により、投資家が安全資産としてのドルを売り、オーストラリアドルやニュージーランドドルといった「リスク通貨(投資家のリスク選好度が高まると買われやすい通貨)」に資金を移したためだ 。
今回の合意の核心は、世界の石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の再開だ。この発表を受け、当面の供給途絶リスクが大きく後退し、米国産原油先物は4%以上急落した 。
ただし、UAEの国営石油会社ADNOCは「完全な石油輸送の正常化は早くても2027年の第1~第2四半期(1月~6月)になる」との見通しを示しており 、供給面での不確実性が完全に解消されたわけではない。
異例だったのは、「安全資産」の代名詞である金(ゴールド)の値動きだ。通常、地政学的リスクが後退すれば金は売られるが、今回はドル安と米国の利上げ観測後退を背景に急騰した 。
メカニズムはこうだ。和平により原油価格が下落 → インフレ圧力が低下 → 米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを急ぐ必要がなくなる → 実質金利が低下し、金の保有コストが下がる → 金価格が上昇する、という流れである 。
この結果、国際金価格は一時2.7%高の1オンス=4,334.48ドルと、6月9日以来の高値をつけた 。
株式市場も、この「リスクオン」の動きを如実に反映した。アジア市場の取引開始前の時間外取引で、S&P500先物は約0.8%高、ハイテク株中心のナスダック100先物は1.2%高と堅調だった 。アジア全域でも、幅広く株式や社債などが買われた 。
市場が楽観に包まれる一方で、今回の和平合意には見逃せない2つの大きな不確実性が潜んでいる。
和平合意が発表された同じ日(6月14日)、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルート南部郊外を空爆し、少なくとも3人が死亡、15人が負傷した 。イスラエル側は、親イラン武装組織ヒズボラによるドローン攻撃への報復と説明している 。
問題は、米イラン間の和平枠組みが「レバノンを含む全戦線での軍事作戦の即時停止」を謳っている点だ 。イスラエルはこの合意の当事者ではないため、イランが支援する勢力への攻撃を続ければ、停戦の実効性が揺らぎ、合意そのものが崩壊するリスクをはらんでいる 。
今回発表された「イスラマバード覚書」は、あくまで暫定的な了解覚書(MOU)であり、最終的な平和条約ではない 。正式な署名は6月19日にスイスで行われる予定だが 、最大の懸念は、ここから始まる60日間の核協議だ 。
この短期間で、イランのウラン濃縮問題という極めて複雑な課題を解決しなければならない。もし交渉が決裂すれば、枠組み全体が崩壊し、市場は再び大きな混乱に見舞われるだろう。これは市場にとって最大の「テールリスク(確率は低いが起これば甚大な被害をもたらす事象)」と言える 。
6月16日からは、米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合が始まる。原油価格の急落はエネルギー由来のインフレを緩和するため、FRBに利上げを一時停止または減速させる「余地」を与えることになる 。市場はこの点を「ハト派的(金融緩和に積極的)」な追い風と捉えているが、実際の声明や金利見通し(ドットプロット)次第では、このリスク選好の流れが維持されるか反転するかが決まるだろう 。