1月下旬、ロイター通信は、米国防総省がAnthropicに対し、最大2億ドル規模の契約を背景に、同社のClaudeモデルから安全装置(ガードレール)を取り除くよう要求していると報じた。軍が自律型兵器の標的設定や国内監視にこのAIを利用できるようにするためだ 。Anthropicはこれを断固として拒否し、ポリシーを守る姿勢を崩さなかった。数週間に及ぶ交渉の末、協議は決裂した
。
2月27日、トランプ大統領は自身のSNS「Truth Social」で、全ての連邦政府機関に対し「直ちにAnthropicの技術の使用を全て停止する」よう指示すると発表。「我々には彼らの技術は必要ないし、欲しくもない。二度と取引することはない!」と宣言した 。
同日、国防総省はAnthropicを「サプライチェーン・リスク」に指定し、国家安全保障上の脅威リストに掲載した。このレッテルは、これまでファーウェイのような「外国の敵対企業」に対してのみ使用されてきたものだ 。ピート・ヘグセス国防長官はさらに、冷戦時代の国防生産法(DPA)を発動し、Claudeを軍事利用のために強制的に提供させる可能性にも言及。Anthropicは、この強制措置が実行されれば法廷で争うと声明を発表した
。一方で国防総省は、この騒動と並行して、AnthropicのライバルであるOpenAIと新たなAI契約を締結している
。
4月下旬になると、米政治メディア「Politico」は、政権が最も極端な脅迫からは「手を引きつつある」と報道。連邦政府による使用禁止令が出ているにもかかわらず、商務省の「AI標準・イノベーションセンター」など一部の政府機関では、すでにMythosのテストが行われていた 。しかし、政権とAnthropicの間の不信感は解消されないままだった。
6月12日の命令は政権による最も強力なエスカレーションだった。商務省が動いた直接のきっかけは、ある企業が「Fable 5のソフトウェア脆弱性検出を防ぐ安全装置を回避(脱獄)できた」と主張したことだと報じられている 。国防総省がすでにAnthropicを「政府利用には危険すぎる」としてブラックリストに載せ、商務省のライセンス枠組みが「国際的なアクセスには危険すぎる」と判断したという、二重の締め付けが行われた形だ
。
Anthropicは命令に即座に従ったが、その異議は明確に示した。同社は「外国人」と「国内ユーザー」をリアルタイムで実務的に区別することが不可能だったため、世界中の全顧客を対象にFable 5とMythos 5の両方を完全にオフライン化したのだ。
「この命令の結果、当社はコンプライアンスを徹底するために、全てのお客様に対してFable 5とMythos 5の提供を直ちに停止せざるを得ません」と、同社は声明で述べた 。なお、広く利用されているClaudeチャットボットを含む他の全てのモデルへのアクセスには影響はなかった
。
Anthropicは「今回の問題に対する政府の対応には同意しない」と公に表明し、政府からの指示には国家安全保障上の具体的な懸念が明記されていなかったことを指摘した 。そして同社は「政府が安全でない展開を阻止できるようにするべきだが、それは透明で公正かつ明確で、技術的事実に基づく法定プロセスの一部として行われるべきだ」と主張。今回の措置は「これらの原則に沿ったものではない」と痛烈に批判した
。
この命令は、極めて異様な内部状況も生み出した。Anthropicの外国籍の社員たちが、自ら構築したモデルから締め出されたのだ。ある業界関係者は「弾薬(ミューニション)は建物の中にあるのに、それを作った人々はそれを見ることすら許されない」と皮肉を込めて表現している 。
トランプ政権がAnthropicとの対決姿勢を強める一方で、AI業界ではいくつかの重要な動きが同時進行していた。
6月2日から5日に開催された「Microsoft Build 2026」で、マイクロソフトは7つの自社開発AIモデル「MAI」を発表。OpenAIとAnthropicの両方への依存度を下げる戦略的な方向転換を鮮明にした 。
マイクロソフトのAI責任者ムスタファ・スレイマン氏は公の場で、Anthropicへの支払いを「削減し、最終的には全廃する」という目標を表明し、Claudeのコストが高すぎると断じた上で、自社の「MAI-Thinking-1」を代替として売り込んだ 。これは、Anthropicの主要なエンタープライズ販売パートナーであるマイクロソフトにとって、大きな方針転換を意味する出来事だった。
5月5日、ブルームバーグは、イーロン・マスク氏率いるxAI、Google、Microsoftの3社が、AIモデルの一般公開前に米国政府によるセキュリティ評価を受けるために、モデルへの早期アクセスを提供することに合意したと報じた 。評価機関は、商務省傘下の「AI標準・イノベーションセンター(CAISI)」が担う。OpenAIとAnthropicは既に同様の自主的な取り組みに参加していた。
この事実は、強烈な矛盾を浮き彫りにした。Anthropicは政府の自主的な安全審査システムに参加していたにもかかわらず、まさにその同じモデルに対して、展開後に一方的な輸出規制という「鉄槌」を下されたのだ。
Anthropicは自社の安全基準を守る一方で、政策面でのスタンスも進化させていた。
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