その内部は、宇宙の加速膨張を引き起こしているとされる謎のエネルギー、いわゆる「ダークエネルギー」に相当する負の圧力を持ったエキゾチックな時空(ド・ジッター空間)で満たされています。この外向きの圧力が重力崩壊を支え、星を安定させます。外側から見た場合、同じ質量のブラックホールと重力場の性質がほとんど変わらず、「ブラックホールの模倣者」とも呼ばれています 。
従来、星の重力崩壊を説明する標準モデルは、一様な球体が自らの重力で際限なく潰れていき、最終的に特異点を形成する「オッペンハイマー・スナイダー崩壊」です。ジャンポルスキー氏とレッツォラ氏の新しい解は、この出発点に決定的な「ひねり」を加えました 。
星が崩壊し、中心部の密度が天文学的に高まった瞬間、内部の「量子真空」が相転移を起こすというのです。水が氷に変わるように、空間の真空状態そのものが変化します。この相転移により、星の中心に大きさゼロの「ド・ジッター空間(ダークエネルギーに満ちた時空)」の種が生まれます 。
すると、この種はダークエネルギーの作用によって急膨張を開始します。それはまるで、星の内部で新たな「小さなビッグバン」が起きるようなものです。このミニ宇宙の膨張は、星を押し潰そうとする強大な重力と真っ向から対抗します。膨張は、通常ならブラックホールの事象の地平面が形成される「シュバルツシルト半径」の付近で自然と減速し、そこで安定。外側の物質層と釣り合い、物理的な「表面」を形成するのです 。
こうして完成するグラバスターは、外側から見るとブラックホールと瓜二つですが、内部は全く異なる世界です。
これまでのグラバスターに関する理論は、全てが「時間的に変化しない静的な解」か、平衡状態を前提としたものでした。今回の研究の最大の功績は、グラバスターがより現実に近い星の崩壊過程から「動的に形成」されることを、なんら人為的な微調整なしに示した点にあります 。
この解は、以下の重要なポイントを理論的に実証しています。
もしグラバスターが実在すれば、星の死に対する我々の理解は大きく変わり、理論物理学を長年悩ませてきた二つの大問題を解決する糸口になるかもしれません。
ブラックホール理論は、中心に物理法則が破綻する「特異点」の存在を予言します。また、「ブラックホール情報パラドックス」として知られる難問も抱えています。量子力学では「情報」は決して失われないという原理(ユニタリ性)がありますが、ブラックホールに落ちた情報は永久に消え去るように見えるのです。グラバスターなら、特異点がないため物理法則は常に健全に保たれ、事象の地平面がないため、情報は原理的に外部へと脱出可能です 。
大きな課題は、現在の望遠鏡ではグラバスターとブラックホールを区別できない点です。重力場の性質や、降着円盤からの放射、そしてイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)が撮影したブラックホールシャドウ(黒い影)でさえも、同じように見えてしまいます。区別するには、天体表面の極めて近傍を超高精度で観測する必要があります 。
決定的な違いが現れると期待されるのが、重力波観測です。二つのコンパクト天体が合体する際、「リングダウン」と呼ばれる特徴的な重力波が放出されます。ブラックホールの事象の地平面は、波をきれいに飲み込んでしまいますが、もしグラバスターのように物理的な表面があれば、そこで波の一部が反射され、主波に続く「こだま(エコー)」のような二次的な信号が生じる可能性があります。アインシュタイン望遠鏡(ET)やLISAのような将来の重力波検出器が、この微かな「こだま」を捉えられれば、グラバスターの存在を証明できるかもしれません 。
今回の研究者たちは以前の研究で、グラバスターの内部にさらに別のグラバスターが存在するという、まるでロシアの民芸品「マトリョーシカ人形」のような多重構造「ネスター(nestar)」の理論を提唱しています。各層がド・ジッター空間とブラックホールに似た時空を交互に繰り返すことで、膨張するミニ宇宙の階層構造ができる可能性が示唆されています 。
理論的な美しさとは裏腹に、グラバスターが実在するかどうかは全くの謎であり、解決すべき重大な問題点も残されています。
ブラックホールが唯一の答えではないかもしれない、という可能性を数学的に示した今回の研究は、我々の宇宙観を揺さぶるものです。星の死が、一方的な崩壊ではなく、新たなミニ宇宙の誕生という創造的なプロセスであるという描像は、実に魅力的です。
今のところ、グラバスターは理論上の存在に過ぎません。しかし、星の最期に起こりうる新たなシナリオとして、特異点や情報喪失といった難題を解決する道筋を提示しました。宇宙が本当にこの「ブラックホールの模倣者」を作り出すのかどうか、その答えは、次世代の観測装置がもたらす重力波の「こだま」にかかっているのかもしれません。
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