ここで重要なのは、米政府高官もイラン側も、この合意が最終決着ではないと認めている点だ。イラン外務省は数日前に「米国との取引は差し迫っていない」と述べており、BBC、AP通信、Axiosなどの主要メディアも、この合意を「根本的な問題を先送りにした第一段階の枠組み」と報じている 。イランが保有する濃縮ウランの最終的な扱い、弾道ミサイル計画、制裁の全面解除、正式な平和条約への道筋といった、最も厄介な問題はすべて未解決のままだ
。
市場はこの発表に即座に、そして激しく反応した。しかし、その上昇は「確信」というよりは、「爆発的な安堵」に近いものだった。
ビットコインは6月12日早朝に約63,653ドルで取引され、前日比3.3%の上昇を見せた 。暗号資産市場全体もこれに追随し、ソラナ(Solana)が+5.7%の66.89ドルと上昇を主導、XRPが4.0%高、イーサリアム(Ether)が3.0%高となった
。また、トランプ大統領が計画していたイランへの軍事攻撃を中止したと発表したことを受け、世界の株式市場も全面高となった
。
この値動きは、それまでの数週間の厳しい状況からの劇的な転換だった。わずか前日の6月11日には、米軍がイラン国内の「複数目標」を攻撃したことで主要な暗号資産は横ばいか下落しており、暗号資産恐怖&強欲指数も市場の深い悲観を示していたのである 。
6月12日のラリーがなぜこれほど脆く感じられるのかを理解するには、5月から6月初旬にかけて市場が何を経験したかに目を向けなければならない。
大規模なロスカット(清算)の連鎖
イラン情勢の緊張が最高潮に達した時期、レバレッジをかけた暗号資産のポジションは雪崩を打ったような売りで壊滅状態に陥った。5月下旬には1日で4億ドル以上が清算された 。最悪の瞬間には、24時間の清算額が10億ドル近くに達し、その大半は回復を期待して賭けていた「ロング(買い)ポジション」の投げ売りによるものだった
。
資金流出が止まらないETF
機関投資家の資金は逃げ足を速めた。リスク回避の動きがピークに達した週には、暗号資産投資商品から1週間で14.7億ドルもの資金が流出した 。ビットコインETFだけを見ても、9営業日連続で流出が続き、その総額は28.5億ドルに上った
。5月下旬の2週間だけでも、その流出額は25億ドルを突破している
。
過去最悪レベルに張り付く「極度の恐怖」
市場心理を示す「暗号資産恐怖&強欲指数(Crypto Fear & Greed Index)」は、トランプ大統領が6月12日に発表を行う直前まで「12」で推移していた。これは「極度の恐怖(Extreme Fear)」とされる25を大きく下回り、歴史的な弱気相場でのみ記録されるような水準である 。この指数は数週間にわたってこの領域からほとんど動いておらず、6月12日の上昇が市場の真の自信をほとんど回復させられなかったことを示唆している
。
市場の懐疑的な見方は、単なる悲観論ではない。合意の構造と、最近の歴史にしっかりと根ざしたものなのだ。
第一に、60日間の枠組み自体が本質的に非常に脆い。6月初旬、トランプ大統領がイランとの取引締結を「急いでいない」と示唆しただけで、ビットコインは即座に上値を失い、日次の取引量は9%も減少した。これは、遅延や決裂の兆候に対して暗号資産の価格がいかに過敏に反応するかを如実に示している 。Polymarket(ポリマーケット)における米国とイランの「恒久的な和平合意」が成立する確率は、発表後も50%を大きく下回ったままであり、この基本合意書が持続的な和解に発展するというシナリオに、市場が広く懐疑的であることを反映している
。
第二に、過去の外交的な「空砲」が、交渉が停滞したらすぐに売り抜けることをトレーダーたちに学習させてしまった。4月、イランが45日間の停戦案を拒否し和平交渉が決裂した際には、数時間前にビットコインを7万ドル超まで押し上げていた期待は一瞬で霧散した 。春先を通じて、交渉が行き詰まるたびにビットコインは急落し、資金はリスク資産から一斉に逃げ出したのだ
。
6月12日の反発を分析した市場関係者は、これを「『極度の恐怖』というどん底からの自律反発」に過ぎず、ファンダメンタルズに基づく新たな上昇トレンドの始まりではないと一様に評している 。市場参加者の間で主流となっている見方は、「この取引は60日間の平穏を買っただけで、未解決の核開発問題や制裁問題が期限切れ前にいつリスク回避の動きを再燃させてもおかしくない」というものだ。
暗号資産、そしてより広範な金融市場にとって、今後の道筋は完全に、この60日間の「猶予期間」が永続的な枠組みを生み出すか、あるいは先送りにされた未解決問題の重みで崩壊するかにかかっている。それまでは、ワシントンやテヘランからの全ての声明、制裁緩和やウラン濃縮に関するあらゆるささやきが、トレーダーたちがすでに学習した通りの極めて敏感な反応で、ビットコインやその他リスク資産を再び激しく揺さぶり続けるだろう。
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