この決断を後押ししたのは、イラン紛争に直結するインフレの加速です。ユーロ圏の消費者物価上昇率は、エネルギーコストの高騰により、4月の3%から5月には3.2%へと加速し、ECBの目標である2%を大きく上回りました 。紛争により石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡が閉鎖される事態は、世界的な石油供給を脅かし、北海ブレント原油先物は1バレル=93ドルを突破していました
。このエネルギー主導のインフレが、ECBをスタグフレーションというジレンマへと追い込んだのです。物価抑制のために利上げは必要だが、既に減速しているユーロ圏経済にさらなる打撃を与えるリスクがあるからです
。
市場はこの日、前例のないほど激しい米・イラン間の緊張の変動に翻弄されました。取引時間中、トランプ米大統領は自身のソーシャルメディアに、米国はイランを「今夜、非常に強力に攻撃する(VERY HARD TONIGHT)」、そしてイランの石油・ガス部門、特にハルク島の石油ターミナルを「完全に掌握する」と警告する投稿を行いました 。この強硬なレトリックは、一時的に原油価格とリスクプレミアムを急騰させ、エネルギー株を直接的に押し上げる要因となりました
。
しかし、そのわずか数時間後、トランプ氏は一転して態度を軟化させます。同氏はTruth Socialで、「計画されていたイランへの攻撃と爆撃を今夜中止した」と発表し、イラン指導部との協議が「最高レベルに達し、承認を得た」とその理由を説明しました 。その後のホワイトハウスでの会見では、合意は「最終文書の確定待ち」であり、週末にも署名される可能性があると述べました
。
この差し迫った大規模な軍事衝突の回避は、市場に安堵感をもたらしました。中東での広範な地域戦争がエネルギー供給ルートを深刻に混乱させるという懸念が後退したのです 。ただし、トランプ氏は海上封鎖の継続を示唆しており、状況は依然として予断を許しません
。
この日の株高は、当日の出来事に直結したセクターが主導しました。
ECBは将来の利上げ経路について、従来通り事前の確約を避け、柔軟な姿勢を維持しました 。しかし、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)のアナリストは、「引き締めの基準に達したことをECBが認めた今、7月の利上げは『ある』よりも『ない』ほうが考えにくい」と指摘しています
。市場は年内にあと2回の0.25%利上げを織り込んでおり、イラン発のインフレ動向次第では3回目のリスクも視野に入れています
。
ECBはまさに綱渡りを強いられています。性急な利上げは、高止まりするエネルギーコストですでに圧迫されている経済成長をさらに阻害する恐れがあるからです。これは、RSMが「中央銀行家にとって最大の悪夢」と表現したスタグフレーションのシナリオそのものです 。今のところ、ECBはインフレ率を2%に固定するために必要なことは何でも行う姿勢を示していますが、中東に立ち込める「戦争の霧」が経済見通しを極めて不透明なものにしています。
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