サウジアラビアやUAEが代替パイプラインを通じて数百万バレル単位で迂回輸出を試みたものの、それでも市場は日量800~1000万バレルという持続的な供給純減に見舞われた 。世界銀行の2026年4月の商品市場見通しでは、この年のエネルギー価格が24%上昇すると予測されている 。この供給ショックは、まさに1970年代のエネルギー危機を彷彿とさせ、各国でのスタグフレーションや通貨変動への懸念を再燃させている 。
エネルギー市場への衝撃は、即座に世界経済の成長見通しの下方修正へと繋がった。ウッドマッケンジーの推計によると、世界のGDP成長率は2025年の3%から2026年には2.3%へと減速し、景気後退は主に中東地域に限定される見込みだという 。IMFも2026年4月の世界経済見通しで、世界の成長率をわずか2.8%と大幅に下方修正した 。より深刻なシナリオでは、J.P.モルガンやキャピタル・エコノミクスのアナリストらは、混乱が長引けば世界のGDP成長率が年率換算で0.6%ポイント押し下げられ、北海ブレント原油は150ドルに達する可能性があると警告する 。
インフレの影響はより複雑だ。この危機の影響で、2026年の平均商品価格は16%上昇する見込みで、これは2022年以来の年間上昇に転じることを意味し、エネルギー価格がその急先鋒となっている 。IMFは2026年の世界全体の総合インフレ率を4.4%と予測するが、3月下旬の実勢価格により近い「逆境シナリオ」では、5.4%に達する可能性があるとしている 。
もっとも、コロンビア大学の国際エネルギー政策センターのエコノミストらは、世界全体へのインフレ影響は「ある程度抑制されている」と論じる。混乱が5月までに収束し、紛争が局地化されているとの前提に立てば、世界のGDPへの打撃は約0.3%に留まると試算しているのだ 。先物市場の反応もこの見方を裏付ける。エネルギー価格が急騰する一方で、農産物先物の上昇はそれよりも緩やかであり、この危機がまだ広範な商品価格のスパイラルを引き起こしてはいないことを示唆している 。
原油高騰ばかりが注目を集めるが、このホルムズ危機は、より目立たないながらも同様に重要なボトルネックを直撃した。それが、世界の肥料貿易である。平時にこの海峡は、窒素やリン酸塩といった重要な肥料資源を含む、世界の肥料貿易量の20~30%を運んでいる 。イラン自体が肥料の主要輸出国であり、海峡の封鎖によりその出荷も完全に止まった 。
農業への影響は深刻だ。危機の直後、肥料価格は約30%も高騰し、北半球の農家は春の作付けシーズンを前に、深刻な供給不足に直面した 。TDエコノミクスは、たとえ船舶輸送が早期に正常化したとしても、高止まりする肥料コストが2027年まで作付け決定や食料供給に重くのしかかり、中央銀行や消費者がまだ完全には織り込んでいない「遅延型食料インフレ」のリスクを生み出すと警告している 。
食料安全保障への影響は、輸入に依存する発展途上国において最も深刻だ。FAOや国連は、この混乱が化学製品や肥料の生産を通じて波及し、食料価格をさらに押し上げ、南アジア、サブサハラ・アフリカ、その他のエネルギー依存地域の経済的損失を増幅させるリスクを繰り返し警告している 。キール世界経済研究所が指摘するように、標準的な貿易モデルがこの影響を過小評価するのは、ボトルネックのメカニズムを見逃しているからだ。すなわち、エネルギーの途絶が直接的に農業の投入コストに流れ込み、世界で最も貧しい国々を直撃するという構図である 。
過去数十年で最大のエネルギー危機に直面し、国際社会は海峡再開に向けた一連の外交イニシアティブを発動したが、その成功は限定的だ。
大きな動きは2026年4月2日に見られた。英国が主催した40カ国以上の外相によるオンライン会合では、「海峡の即時かつ無条件の再開」を要求し、イランへの制裁強化や海上治安措置の協調を議論した 。イタリアのアントニオ・タヤーニ外相は特に、アフリカでの食料危機の悪化を防ぐための「肥料回廊」の必要性を強調している 。
別の流れとして、4月8日にイスラマバードで一時停戦が合意されたが、この会談は決裂し、米国は4月13日にイランに対する海上封鎖を実施した 。イランは4月17日、新たな交渉の期間中として海峡封鎖の一時停止を発表したが、情勢は依然として不安定なままだった 。2026年5月に入っても緊張は解けず、原油価格は上昇を続ける中、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は「戦闘再開は恐ろしい結果をもたらす」と警告し、外交努力の継続を訴え続けている 。
米国は4月下旬に脆弱な停戦を延長し、国連はこれを「緊張緩和への重要な一歩」と呼んだが、新たな治安インシデントが世界の船舶輸送への持続的なリスクを浮き彫りにした 。トランプ大統領は5月6日、「プロジェクト・フリーダム」と名付けられた米軍の作戦を一時停止し、イランとの合意に向けて「大きな進展」があったと発表したが、2026年半ば時点で、海峡の恒久的な再開はまだ見えていない 。
2026年のホルムズ海峡危機は、エネルギー、肥料、貿易を、いまだに単一の海上チョークポイントに大きく依存する世界経済の構造的な脆弱性を露呈した。代替パイプラインルートや戦略石油備蓄の放出は衝撃を部分的に和らげたが、歴史的な原油高騰、世界経済成長の下方修正、そして、いかなる停戦よりも長く尾を引くであろう食料安全保障への静かなる脅威の進行を防ぐことはできなかった。
交渉が続く中、この危機は、エネルギー安全保障と食料安全保障が深く結びついていること、そして相互接続された世界では、一つの「単一障害点」がすべての大陸に衝撃波を送りうることを、残酷なまでに思い知らせる警鐘となっている。