このマイルストーンは、わずか12カ月の間に起きた劇的な市場センチメントと企業評価の逆転を象徴している。2025年半ばには地政学リスクや米中輸出規制への懸念から株価が低迷していたASMLが、なぜ欧州最大の企業へと躍り出たのか。その原動力を紐解く。
記録的な受注が、今回の株価上昇の最大の起爆剤となった。2025年第4四半期の純受注高(Net Bookings)は132億ユーロと、アナリスト予想(約63億~68億ユーロ)の実に2倍以上を叩き出した 。
内訳を見ると、EUV(極端紫外線)露光装置の受注だけで74億ユーロを占めており、最先端の半導体製造装置への需要集中が鮮明となった 。この結果、受注残高は388億ユーロにまで膨れ上がり、2027年までの安定した生産計画を担保している 。
2026年の業績見通しについても、上方修正が続いた。年明け時点では340億~390億ユーロとされていた通期売上高ガイダンスは、4月の第1四半期決算(売上高88億ユーロ、純利益28億ユーロ)を受けて、360億~400億ユーロへと引き上げられた 。クリストフ・フーケCEOは、この力強い需要の背景には、AIデータセンター向けの「底なし」とも言えるインフラ投資があるとしている 。
今回のASMLの快挙は、わずか1年前の状況を知れば、なおさら驚くべきものだ。
2025年半ば、フーケCEOは米中関係の悪化と輸出規制の強化による地政学リスクや関税の影響を強く警戒し、市場は先行き不透明感に包まれていた 。当時は、最先端の半導体製造装置の需要が一服するのではないかという懸念も広がっていた。
しかし、同年後半から2026年初頭にかけて、潮目は一変する。TSMC(台湾積体電路製造)、サムスン電子、SKハイニックスといった半導体大手が、3nm/2nm世代のロジック半導体やAI向け高帯域幅メモリ(HBM) の量産に向け、EUV露光装置の増強に一斉に動き出したのだ 。この需要の波に乗り、ASMLの株価は6月初旬までに年初来で約60%も上昇した 。
この流れを後押ししたのが、金融機関による相次ぐ強気のレポートだ。
6月3日、モルガン・スタンレーはASMLの目標株価を1400ユーロから1660ユーロに引き上げ、投資判断「オーバーウエート」を継続した 。4月の年次株主総会で生産能力に関する懸念が払拭されたことが、EUV露光装置の出荷拡大に対する信頼感につながった 。UBS、シティグループ、ドイツ銀行、RBCキャピタルなども目標株価を1600~1700ユーロに設定し、アナリストの平均目標株価は約1463ユーロとなった 。
特に注目されるのは、「新たなDRAM投資サイクル」の本格化である。1c-nm世代のDRAMノードへの移行期において、1枚のウェハーあたり5~6層のEUV露光工程が必要となる。モルガン・スタンレーは、この技術革新を「力強い拡大」サイクルと位置づけ、ASMLのEUV装置に対する構造的な需要増を強調している 。
ASMLの時価総額世界一は、単なる一企業の成功物語ではない。欧州株式市場におけるセクターの主役交代をも象徴している 。
2026年1月には、ASMLは欧州企業としてLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)、ノボ ノルディスクに次ぐ史上3社目となる時価総額5000億ドルの大台を突破していた 。そして今回、テクノロジーセクターがヘルスケア(ノボ ノルディスク)や高級ブランド品(LVMH)を押しのけ、名実ともに欧州で最も価値ある産業へと躍り出たのである。
株価は6月1日時点で約1394ユーロ、年初来で41%の上昇率を記録した。これは同期間のフィラデルフィア半導体指数の上昇率(約80%)には及ばないものの、ASMLの巨大な時価総額を考えれば驚異的なパフォーマンスと言える 。