その結果、陽電子の温度は直接測定で7ケルビン以下、すなわち絶対零度近傍にまで到達した。陽電子の温度は長年、反水素生成の足かせだった。温度が低いほど、陽電子と反陽子が結合してトラップ可能な冷たい反原子を形成しやすくなるからだ
。交感冷却の導入により、ALPHAは7時間足らずで1万5000個以上もの反水素原子を蓄積できるようになった
。これはトラップ率で8倍、過去の記録と比較すると20倍以上の向上に相当する
。
特筆すべきは、大量の反原子を同時に閉じ込められるようになったことで、レーザーやマイクロ波を使った精密分光の統計的な精度が飛躍的に高まった点だ。ALPHAは現在、数千個の反水素を同時に確保することで、系統誤差の精査や、時間帯や季節による微妙な変化(恒星時変動)を探る研究など、従来は不可能だった実験にも乗り出している
。
これら二つの成果—反水素の大量生成と100倍の測定精度—が組み合わさったことで、CPT対称性の検証は1兆分の1の精度へと向かう明確な道筋を得た。物理学者たちが期待するのは、その極限の領域で標準模型(素粒子物理学の基本理論)にほころびが見つかること。それはつまり、この宇宙がなぜ反物質ではなく物質で満ちているのか、という根源的な謎の解明につながるかもしれない。