この状況で何が起きるか。金利の急変動や財政への信認悪化など、予期せぬ「ショック」が発生したと想定しよう。
価格変動リスクが高まると、資金を貸している金融機関(プライムブローカー)は、担保価値の下落を補うための追加担保(追い証=マージンコール)を要求する。集中ポジションを抱えたファンドは、現金を確保するため保有する国債を売り急ぐだろう 。ここで「破滅ループ(ドゥーム・ループ)」が始まる。一斉に投げ売りが起きると国債価格はさらに下落し、それが新たな追い証を呼び、更なる投げ売りを誘発するという悪循環だ
。イングランド銀行は、このメカニズムが 「レポ市場における破滅ループ」 を引き起こし、国債市場の機能そのものを麻痺させる可能性をはっきりと警告している
。
この脅威はイギリスだけの話ではない。ECBも2025年11月の「金融安定性レビュー」で、ユーロ圏の国債市場におけるヘッジファンドの「部分的な高レバレッジ」が市場ストレスを著しく増幅させる「主要な脆弱性」だと断じた 。
ECBの市場参加者との非公開協議では、さらに踏み込んだ懸念が飛び出している。一部の関係者は、もしヘッジファンドが突如として撤退した場合、欧州国債市場からその「現物及びレポ取引高の半分以上が消滅する」かもしれないと警告したのだ 。流動性の蒸発は、各国の国債発行(入札)の失敗に直結するリスクさえ帯びる。
イングランド銀行がもう一つ注視するのが、これらのレバレッジポジションの 「外国人支配」 という側面だ。レポ市場で巨額の借り入れを行うヘッジファンドの多くは米国系を中心とした海外勢であり、彼らは極めて短期(翌日物など)の資金調達を日々ロールオーバーしている 。
この構図は、典型的な「ダブル・パンチ」のリスクを生む。国債市場の混乱は、単に金利上昇を招くだけではない。海外投資家が資金を引き揚げる「資本逃避」が起きると、通貨ポンドへの売り圧力が連動し、まるで過去の新興国通貨危機のような様相をG7(先進7カ国)経済が呈する危険がある。まさに「基軸通貨国で起きる新興国型危機」とも呼ぶべき、前例のないリスクとして認識されている 。
この問題をグローバル規模に拡大したのが、金融安定理事会(FSB)だ。同理事会の議長でもあるベイリー・イングランド銀行総裁は2026年2月、衝撃的な数字を公表した。世界の国債市場を舞台にしたヘッジファンドのレバレッジは、前例のない 2.2兆ポンド(約330兆円) に到達しており、これは「世界的な市場崩壊の危機がエスカレートしている」証拠だと警告したのである 。
FSBの分析は、危機の伝染経路も特定している。レポ市場で資金を借りているファンドが一斉にレバレッジを解消(デレバレッジ)しようとすると、国債価格の下落が資産運用会社など他のプレーヤーにも連鎖し、「投げ売りのダイナミクス」が形成されると結論づけている 。
この話には、複雑なニュアンスもある。ヘッジファンドの活動は、決して悪ではない。彼らが市場で活発に動くことで、多額の新発国債の消化を助け、市場に流動性を提供しているという一面も厳然として存在する 。ECBもまた、ヘッジファンドの存在が国債入札の成功を支えていることを認めている
。
真の脅威は「レバレッジ」そのものではなく、「極度の集中」「不透明な実態」「短期資金への過剰依存」という3つの要素が組み合わさった点にある。中央銀行は、こうした脆弱性を特定したが、それは「いつどこで破綻するか」を正確に予測できていることを意味しない。彼らは「配管」が昔とは変わってしまったこと、そして新たな配管が「より高い圧力で破裂しやすい」と警告を発しているに過ぎないのだ。
次のストレステスト(健全性審査)は、机上のシナリオではなく、現実の市場で行われることになるだろう。