宇宙は膨張を続けていますが、その中にある物質の分布は一様ではありません。銀河団や、目に見えないダークマターが密集した領域の重力が、均一な膨張からのズレを生み出します。この、重力によって引き起こされる巨大スケールの銀河の動きこそが「宇宙の流れ」です。私たちの住む天の川銀河も、この目に見えない流れに乗って運動しているのです 。
この立体的な流れを地図化するために、天文学者は宇宙の「ものさし」を必要とします。ハッブルは、その「ものさし」として「赤色巨星」を利用しています。赤色巨星は、その最期の段階で一瞬だけ、本来の明るさ(絶対等級)がほぼ一定になる時期があります。これを利用すれば、地球から見た見かけの明るさを測ることで、その星までの正確な距離を割り出せるのです。この手法によって、空の平面図を、宇宙の構造と運動がわかる3Dマップへと変換することが可能になります 。
とりわけ、進化の特定の短い段階にある赤色巨星は、理想的な「標準光源(スタンダードキャンドル)」となります。太陽のような軽い星が、中心核の水素を使い果たしてヘリウム燃焼を開始する時、「赤色巨星分枝の先端(TRGB)」と呼ばれる、明るさのピークを迎えます。このピーク時の絶対的な明るさは、異なる星の間でも驚くほど一定であるため、TRGB星は信頼性の高い距離の指標となるのです 。
最近では、この赤色巨星を使った方法で、カーネギー・シカゴ・ハッブル・プログラムのチームが、宇宙の膨張速度である「ハッブル定数」を全く新しい方法で測定しました。その結果は、これまでの二つの主要な測定値のちょうど中間に着地し、「ハッブル緊張(Hubble tension)」と呼ばれる宇宙論の深刻な論争をさらに深めることになったのです 。今回のESO 490-017の観測プログラムは、まさにこのような研究の基盤となるもので、近傍銀河の距離を測定することで「宇宙の距離はしご」の最初の段を精密に校正する役割を担っています
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宇宙の流れの地図化という目的を超えて、ESO 490-017のような矮小不規則銀河は、それ自体が科学的に非常に貴重な存在です。これらの銀河は、その質量の大部分が正体不明のダークマターで占められていると考えられており、小規模な銀河の形成と進化を研究するための、理想的な自然の実験室なのです 。
このような銀河を様々な波長で観測することで、天文学者は金属量(ヘリウムより重い元素の割合)が少なく、質量の小さな環境で星がどのように誕生するのかを解明できます。この環境は、宇宙誕生から間もない頃に存在した最初の銀河の条件に似ていると考えられています。さらに、この観測プログラムは、近傍銀河に存在する恒星種族の種類を記録した貴重なアーカイブを残します。これは、本来の研究目的を超えて、将来の様々な研究に活用されるであろう遺産なのです 。