なぜなら、ECBが真に警戒するのは、燃料費の高騰が輸送コストや製造業のコストを押し上げ、やがて賃金やサービス価格にまで波及する「二次的効果」だからだ。過去の危機が示すように、この連鎖が始まれば、一時的なエネルギーショックが構造的なインフレへと変質してしまう。
クリスティーヌ・ラガルドECB総裁は、6月の利上げを明言してはいない。しかし、その言葉の端々からは、かつてないほどの強い危機感がにじみ出ている。
4月の理事会で、ECBは政策金利を2%に据え置いたものの、「中東情勢に起因するエネルギー価格の急騰により、インフレの上振れリスクと成長の下振れリスクが強まっている」と、異例の強い警告を発した。
さらにラガルド総裁は、市場が楽観視する「早期の正常化」シナリオを真っ向から否定。「エネルギーインフラへの打撃の大きさを考えれば、影響が数年単位で続く可能性がある」と述べ、投資家に現実を直視するよう促した。
とはいえ、ECBの基本姿勢はあくまで「データ次第(data-dependent)」。6月の会合までに発表される経済指標や、何より中東情勢の展開が、最終決定を左右することになる。
理事会メンバーからは、より踏み込んだ発言が相次いでいる。
ここにきて市場が敏感に反応しているのが、米国とイランの和平交渉の行方だ。実際に、外交ルートを通じた協議開始の観測報道が出るたびに、原油価格は一時的に急落する場面が見られている。
ウンシュ・ベルギー中銀総裁が指摘するように、6月11日の理事会までに停戦や航路の安全確保で具体的な合意が成立すれば、原油価格は大幅に下落し、利上げの緊急性は一気に低下する可能性がある。
しかし、たとえ和平合意が成立しても、混乱したサプライチェーンやエネルギー価格の波及効果が完全に収束するまでには数カ月を要する。ECBの分析は、こうした「ラグ」を伴う二次的効果のリスクを繰り返し警告しており、即座にハト派に転じることは考えにくい。
マネー市場の投資家心理も、この数カ月で様変わりした。
2026年初頭には、年内の利下げ確率も一部で織り込まれていた。しかし、中東紛争の勃発を機に状況は一変。現在のOIS(翌日物金利スワップ)曲線は、2026年末までに約40ベーシスポイント(bp)の利上げを織り込んでいる。
市場関係者の大勢は「6月会合で0.25%の利上げが行われ、年内にあと1回の追加利上げがある」との見方で一致しつつある。
ECBは依然として「データ次第」との公式スタンスを崩していないが、政策委員らの発言と市場の空気は、もはや引き締め方向で固まりつつある。ラガルド総裁のリーダーシップの下、ECBは「信認」を守るための難しい決断を迫られている。
ホルムズ海峡の緊張が緩和されない限り、6月11日のECB理事会は、ユーロ圏が再び「利上げ局面」に突入する転換点として、歴史に刻まれる可能性が高い。