米メリーランド大学のエアロゾル感染研究者ドン・ミルトンらは、医学誌BMJでの意見論文などで、新興感染症に対するWHOの初期対応の考え方を見直すべきだと主張している 。
彼らの主張はシンプルだ。
専門家によれば、感染経路が完全に解明されていない段階でリスクを過小評価すると、感染連鎖を見逃す可能性があるという。
さらに研究者たちは、クルーズ船でのハンタウイルス集団感染自体が前例のない出来事であり、乗客がどこで感染したのか、船内でどのように広がったのかなど、まだ多くの疑問が残っていると指摘している 。
空気感染の証拠は現時点で決定的ではない。ただし、いくつかの科学的背景が懸念を生んでいる。
まず、ハンタウイルスはもともと「吸入」によって感染するウイルスだ。通常はネズミなどのげっ歯類の尿や糞、唾液が乾燥してエアロゾル化し、それを吸い込むことで感染する 。
さらに問題を複雑にしているのが、今回関係している**アンデスウイルス(ANDV)**だ。
クルーズ船の環境も議論の焦点になっている。船内では
といった条件が重なり、短距離のエアロゾルや空気中の粒子による感染が起こり得る環境だった可能性が指摘されている 。
ただし欧州疾病予防管理センター(ECDC)や各国のリスク評価では、現時点で広範囲の感染拡大が起きる証拠はないとされており、一般社会での大規模拡大の可能性は低いと評価されている 。
今回の議論で注目されているのは、WHOの対外メッセージと実務的な感染対策ガイドの間にあるトーンの違いだ。
WHOは公式ブリーフィングで次のように説明している。
またWHO報道官は、一般市民へのリスクは「極めて低い」とし、感染は主に「非常に密接な接触」で起こると説明している 。
しかし実務面では、WHOやECDCの技術文書ではより慎重な対策が示されている。例えば
などの多層的な感染対策が推奨されている 。
このため一部の科学者は、**「公表メッセージは安心感を強調しすぎている一方、実務指針はより深刻な事態を想定している」**と指摘している。
研究者や公衆衛生専門家が特に強調しているのは、呼吸器防護の強化だ。
提案されている対策には次のようなものがある。
こうした提案の背景にあるのが、**「予防原則(precautionary principle)」**という考え方だ。つまり、重大な感染症の可能性がある場合は、完全な証拠を待つより先に安全側に立った対策を取るべきという考え方である 。
最新のまとめでは、このクルーズ船に関連する感染は
と報告されている 。
WHOは現時点で**「より大きな流行の兆候はない」としているが、アンデスウイルスは潜伏期間が長い(最大数週間)**ため、今後さらに症例が報告される可能性があるとも警告している 。
症例数自体は小規模だが、この事例が注目される理由は明確だ。
こうした条件が重なるため、公衆衛生の専門家は**「小規模でも重要な警告事例」**として慎重に状況を監視している。