その後、ADNOCは7月分について、権益保有パートナー向けの供給の大部分を回復しました。また、契約顧客には契約通りの供給を続けていると説明しています。この経緯から、2025年の事例は恒久的な輸出政策というより、特定のカーゴや配分に関する変動の大きい一時的な混乱だったと考えられます。
一方、2025年末から2026年初めにかけての輸出可能量の低下も、今回のスポット市場での削減と単純に比較することはできません。ADNOCが2025年11月に示した見通しでは、ムルバンの輸出可能量は2025年12月に日量約158万バレル、2026年2月と3月には段階的に約159万バレルへ増える計画でした。過去の見通しでは、ADNOCが自社製油所でムルバンをより多く処理する計画が、一部の輸出減少の理由とされていました。
整理すると、次の3つは別の動きです。
短期的には、今回の動きは中東産原油の現物ディファレンシャルに強気のシグナルを送ります。特に、ムルバンの代替として検討される近い品質のグレードには、追加の買い注文が入りやすくなります。
ただし、これだけで世界全体の原油供給が大きく変わったとは言えません。影響が集中しているのは、ADNOCがスポット市場で販売する供給の一部だからです。
焦点は削減がいつまで続くかです。メンテナンスが予定通り終わり、10月にスポット供給が通常へ戻れば、ムルバンのプレミアムは縮小する可能性があります。反対に、アジアの買い手が短期カーゴをめぐって競争を続け、供給制約が長引けば、他の湾岸産原油にも価格上昇が波及し、地域のディファレンシャルが高止まりする展開も考えられます。
スポット市場でムルバンを調達する製油会社にとって、最も直接的な影響は、9月積みや10月到着分の代替調達コストが上がることです。
買い手は別の原油へ切り替えることもできます。しかし、代替は単純ではありません。原油の性状、製油所の設備構成、運賃、積み出し港の空き状況によって、別グレードが経済的に同等かどうかが変わるためです。
ムルバンのプレミアムが第4四半期の調達局面まで続けば、影響を受ける製油会社の原油調達コストは上昇します。精製品の販売価格が十分に上がって補えなければ、精製マージンは圧迫されます。製油会社が前倒しで購入したり、湾岸地域、アトランティック・ベイスンなどの代替原油を高値で確保したりすれば、プレミアムの一部がアジアの原油市場全体へ転嫁される可能性もあります。
影響は製油所ごとに異なります。ムルバンに近い性状の原油は追加需要を集めやすい一方、重質油や硫黄分が大きく異なるグレードでは、すべてが同じように恩恵を受けるとは限りません。どの製油所がムルバン固有の性状を必要とし、どこまで原料構成を変えられるかが、波及の大きさを左右します。
ムルバンを確保できなかった買い手は、品質や輸送条件が近いアブダビ産・湾岸産原油に向かうとみられます。その結果、ライト・サワー系の中東産原油では、ディファレンシャルが押し上げられる可能性があります。
一方、重質油やより硫黄分の多い原油は、製油所が単に数量を求めている場合を除けば、ムルバンの直接的な代替になりにくいでしょう。どのグレードに需要が移るかは、製油所の設備と必要な製品収率によって決まります。
今回の供給動向は、ADNOCが発表した公式販売価格(OSP)の算定方法の変更と同じ時期に進んでいます。
ADNOCは2026年11月1日から、ムルバン先物を使う現在のICE Futures Abu Dhabiベースの方式をやめ、プロンプト月のPlatts Dubaiを基準に、ADNOCが発表するディファレンシャルを加える方式へ移行します。
この変更には、主に2つの意味があります。
新方式になったからといって、ムルバンが恒久的に高いプレミアムで取引されるわけではありません。変わるのは価格の基準方法であり、実際のディファレンシャルは今後も供給、需要、そしてADNOCが設定する調整幅によって決まります。
選択的なスポット供給管理、プレミアム付きの入札、そして現物市場に近い価格方式への移行を合わせて見ると、ADNOCがアジアで原油を単純に数量ベースで販売するのではなく、販売時期と価値をより機動的に管理しようとしているように映ります。これはADNOCが明示した目的ではなく、公開された動きからの解釈です。
アジアはUAE産原油にとって重要な販売先です。ロイターが引用したKplerのデータによると、中東からアジアへ向かう原油輸送に占めるUAEの割合は、前年の20%から2026年6月には32%、7月には27%となりました。この存在感の高まりは、アジアのスポット市場がADNOCの価格決定力と輸出戦略にとって重要であることを示します。
当面の試金石は、今回のムルバンの需給逼迫が短期的なメンテナンス要因にとどまるのか、それともADNOCによるより長期的な供給管理へ発展するのかです。前者なら、ブレントに対する約7ドルのプレミアムは一時的な調達上の問題として薄れる可能性があります。後者なら、アジアの製油会社にとって、現在の高値は第4四半期の原料コストを押し上げる持続的な要因になり得ます。