原油価格を見る際、産地での値段だけでは不十分になっている。超大型原油タンカー「VLCC(Very Large Crude Carrier)」の利用可能船腹が不足し、原油が買い手に届くまでの時間とコストが大幅に増しているためだ。VLCCは一般に約200万バレルを運ぶ大型船で、ヒューストンからアジアへ原油を運ぶ運賃は1バレル当たり約26ドル、1航海・1船当たりでは約5200万ドルと報じられている。これはWTI原油先物価格のおよそ4分の1に相当する。
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重要なのは、世界の船が消えたわけではない点だ。逼迫しているのは実効輸送力である。ホルムズ海峡周辺の混乱による待機や迂回、輸出インフラの制約に伴う短距離シャトル輸送、代替原油の長距離輸送が、1カーゴ当たりに必要な「船の日数」を増やしている。船が1隻、より長く拘束されれば、その間に別の長距離航路を走ることはできない。
船腹が急に足りなくなる仕組み
タンカーの輸送力は、保有隻数ではなく、航海を終えて次の貨物を積めるまでの回転の速さで決まる。遅延、迂回、待機が増えれば、同じ船隊でも実際に運べる原油量は減る。
さらに、中東からの供給が滞った際にアジアの買い手が米州など大西洋圏の原油で補おうとすると、平均航海距離は伸びる。これは消費される原油量が大きく増えなくても、船の稼働日数への需要が増える「トンマイル」ショックに当たる。
混乱のピーク時には、ホルムズ海峡の通航量は紛争前の1日約90~110隻から90%超減少した。その後は回復の動きがみられたものの、平時の水準を下回り、再び悪化する脆弱性も残った。
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船の偏在も大きい。シグナル・グループによると、9月上旬の30日平均で、スエズ以東を航行する積み荷を載せたVLCCの利用可能隻数は前年比36%減の122隻だった。
10 1隻が数週間にわたり1カーゴに拘束され得る市場では、この減少が運賃に与える影響は大きい。
1バレル26ドルの運賃が取引採算を変える
製油所が判断するのは、積み地で表示される原油価格ではない。原油価格に海上運賃、保険、資金調達コスト、港湾費用、遅延リスクを加えた**着値(デリバリー・コスト)**である。
1バレル約26ドルの運賃なら、200万バレルのヒューストン・アジア間カーゴは、ほかの費用を除いても約5200万ドルの上乗せになる。
6 米ガルフコースト産原油と、中東やアジア近隣の代替油種との価格差が、この運賃負担を超えなければ、取引は見送られるか、より近い供給源に置き換わりやすい。
もちろん、遠距離輸送がすべて止まるわけではない。製油所の設備に特定の油種が適している場合、近隣の代替供給が乏しい場合、あるいは産地間の価格差が非常に大きい場合には、高運賃でも輸送する合理性がある。ただし、採算がぎりぎりの取引が成立しにくくなり、地域間の需給を調整してきた取引が減ることになる。
製油所は「近さ」と「確実性」を重視しやすい
輸送船が不足し、到着時期も不安定になる局面では、製油所は最適な油種よりも、近くて今すぐ確保でき、供給の見通しが立つ原油を優先しやすい。
その結果、次のような変化が起こり得る。
- アジアの買い手は、大西洋圏からの原油より、着値が低く到着も安定しやすい近隣原油を優先する。
- 大西洋圏の輸出者は、別の販路を探すか、高い運賃を補うために価格面で譲歩する必要が生じる。
- 原油の価格差(スプレッド)は、油質だけでなく地理的な距離と輸送可能性に強く左右される。
- 製油所は本来の設備に最も適した油種を確保できず、代替油種の処理を迫られ、操業最適化が難しくなる。
原油が世界全体で不足していなくても、「その製油所にとって最も効率よく処理できる原油」が、必要な時期に届かない状態は起こり得る。
原油物流の詰まりは燃料市場にも波及する
タンカー不足は、地下から生産される原油量を直接減らすものではない。しかし、原油を製油所へ迅速かつ確実に届ける能力を制約する。カーゴの遅延、到着見通しの悪化、油種のミスマッチは、製油所の原料手当てや操業計画を複雑にする。
このため、海上輸送の障害はガソリン、軽油、ジェット燃料といった石油製品の地域需給を緊張させる要因にもなり得る。ただし、小売燃料価格が運賃上昇と同じ幅で上がるとは限らない。影響の大きさは、混乱の継続期間、在庫水準、製油所の油種対応力、代替航路の有無によって変わる。
タンカー会社と船価には追い風
荷主にとっての負担は、船主・運航会社にとっては収益機会になる。ロイターは6月、ホルムズ海峡および湾岸地域を航行するタンカーの用船料が混乱の中でほぼ倍増し、運航会社が記録的な利益を得ていると報じた。
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高いスポット収益は、船舶資産や関連企業の評価を押し上げやすい。シグナル・グループは2月時点で、船齢5年のVLCCの評価額が1億2000万ドル超と、前年比約17%上昇したと示した。
30 ただし、航路が正常化して船の稼働率が下がれば、こうした上乗せ評価が縮小する可能性もある。
過去最大級の発注でも、すぐには解決しない
船主は高運賃を受けて新造船の発注を急増させている。ロイターによると、2026年のVLCC発注はすでに2025年通年の2倍超に達した。データベースの違いにより、シグナル・グループは217隻、アライド・シップブロキングは164隻を数えている。総額200億ドル超の発注で、少なくとも25年で最大の発注ブームとされる。
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ただし、発注と就航は別の話だ。2026年上期に発注されたVLCCの約83%は、2028年と2029年に引き渡される予定である。
23 現在の混乱で船が拘束されている間、新造船の発注残は短期的な輸送力をほとんど増やさない。
この時間差は、二つの異なるリスクを生む。
- 混乱が続く場合:新造船が増えても需給逼迫が残り、高運賃がより長く続く可能性がある。
- 新造船の引き渡し前にホルムズ海峡の運航が明確に正常化する場合:待機、シャトル輸送、迂回に使われていた船が市場へ戻り、実効輸送力が急回復する。その後に2028~2029年の大量引き渡しが重なれば、市況が大幅に弱くなるリスクがある。
注目すべきは「何隻あるか」ではなく、1バレル当たり何日かかるか
VLCC不足を理解するうえで最も有用なのは、船の総数だけを見ることではない。売り手から製油所まで原油1バレルを動かすのに、VLCCの輸送力を何日分必要とするか、という視点だ。
ホルムズ海峡を安定して通航でき、航海距離が短くなれば、必要な船日数は減り、船腹は市場に戻る。逆に不確実性が続けば、同じ船隊でも輸送能力は目減りする。記録的な発注残は2020年代後半の供給を左右するが、当面の運賃を決めるのは、航路の信頼性、航海日数、利用可能な船腹、そして中東からの輸出が予見可能な形で戻るかどうかである。
原油の買い手にとっての結論は明確だ。積み地で最も安い原油が、必ずしも製油所に届く時点で最も安い原油ではない。タンカー市場が制約される局面では、海上運賃そのものが原油取引の決定的な要素になる。
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