原油市場でいま問われているのは、地下から原油を出せるかだけではない。積み込み、保険付保、船舶の確保、航行、そして製油所への引き渡しまで実現できるかが、1バレルの実質的な価値を決めている。
ホルムズ海峡周辺での船舶攻撃に加え、サウジアラビアの東西パイプラインが一時停止したことで、湾岸産原油を運ぶ現実的な経路は狭まった。物流は原油価格の脇役ではなく、価格形成の中心要因になっている。
17
21
迂回路だったサウジ東西パイプラインが止まった意味
サウジアラビアの東西パイプラインは、同国東部から紅海沿岸へ原油を送るルートで、ホルムズ海峡に依存せず輸出するための重要な手段だった。サウジ当局は、9月10~11日にイラク領内から発射されたドローンによる攻撃を受け、同パイプラインを一時停止したと説明している。
22
23
この停止が重いのは、生産そのものへの脅威にとどまらず、海上の要衝を回避するために用意された代替経路まで機能不全に陥ったためだ。ロイターによると、トレーダーやサウジ原油の買い手は、パイプライン停止が続いた場合、紅海の輸出港ヤンブーにある原油在庫で輸出を維持できるのは5~7日程度と見積もっている。
21
買い手にとっては、原油の銘柄価格だけを比べればよい局面ではない。どの港で積めるのか、どの航路が安全か、船を確保できるか、保険を付けられるか――こうした条件が調達判断を大きく左右する。
「安い原油」より「届く原油」へ
タンカーの利用可能性が低下し、航行リスクが高まると、運賃は一見した原油価格の安さを簡単に打ち消す。アジアの製油所にとって重要なのは、輸出港での建値ではなく、原油を実際に受け取るまでの着値になりつつある。
この変化は、貿易の力学を変える。
- 安全に近くから運べる原油の価値が上がる。 見出しの価格が高くても、確実に積み出せる原油はプレミアムを得やすい。
- 遠距離からの代替調達は不確実性を抱える。 湾岸以外の原油は供給源の分散に役立つが、長距離航海では高運賃や船腹不足の影響を受けやすい。
- パイプラインと港湾の能力が市場を動かす。 東西パイプラインの停止は、ホルムズ海峡の代替ルートも新たなボトルネックになり得ることを示した。
国際エネルギー機関(IEA)によると、9月半ばのブレント原油は1バレル=約105ドルで、8月初めから21ドル上昇し、戦争前の水準を45%上回った。現物の指標価格は先物のベンチマークを大きく上回っていたという。
41
地政学リスクの上乗せで原油価格が上昇
紛争の拡大と輸出経路への圧力を受け、原油指標価格は上昇した。9月14日には、サウジのエネルギーインフラへの攻撃と中東での船舶攻撃を背景に、ブレントは1バレル=105.68ドル、米国産WTIは101.39ドルで取引を終えた。
17 その後の取引では、ブレントは108.48ドル、WTIは103.58ドルまで上昇した。
45
中国でも、目先の実需確保への不安がより強く表れた。上海国際能源取引中心の人民元建て原油先物は1バレル=929.4元(約138.50ドル)まで上昇し、2018年の上場以来の最高値を更新した。
35
これは恒久的な価格水準が決まったことを意味しない。一方で、航路の安全性が悪化したとの情報だけで、市場がいかに急速に価格を組み替えるかを示している。航行環境の改善、インフラの復旧、外交進展はリスク上乗せを縮小させ得る。逆に、攻撃の継続や設備停止の長期化は、それを長引かせる。
日本にとって最も厳しい輸入安全保障の試練
日本の脆弱性は大きい。原油輸入の約95%を中東に依存し、歴史的には約70%がホルムズ海峡を通過してきた。
2
3 緊急石油備蓄は消費量の254日分に相当し、短期的には大きな緩衝材となる。
2
ただし、備蓄が調達上の課題を消すわけではない。代替原油には、必要な量があり、価格競争力があり、国内製油所の設備に適合し、かつ物理的に運び込めることが求められる。アジアの多くの買い手が同時に湾岸以外・ホルムズ海峡以外の原油を探せば、代替供給の着値は上がりやすい。
日本政府はすでに政策面で動いている。エネルギー供給強靱化策には、ホルムズ海峡を迂回するパイプライン事業への支援が盛り込まれた。供給国の分散だけでなく、輸送経路の分散も戦略的価値を持つことを示している。
1
中国は購買力があっても影響を免れない
中国の人民元建て原油先物が最高値を付けたことは、中国の製油所も安全に入手できる原油をめぐる市場逼迫に直面していることを示す。
35 世界最大の原油輸入国である中国は幅広い生産国から調達できるが、運賃上昇と航路制約は、大西洋圏など遠方からの代替原油をコスト高にする。
重要なのは、代替原油が理論上存在するかではない。十分な量を、製油所が必要とする時期に、採算を保てるコストで運べるかである。混乱が長期化すれば、原料コストを押し上げ、即納可能で航路リスクの低い原油の価値を高めることになる。
米国産原油は助けになるが、完全な代替ではない
米国産原油はホルムズ海峡という難所を通らず、アジア需要の一部を補う選択肢になり得る。しかし、アジア向けには長距離輸送が必要だ。タンカー運賃と航海リスクが上がれば、WTIなどの指標価格にある割安感の多くは輸送費で相殺され、通常の輸出裁定は弱まる。
つまりアジアの製油所は、名目上もっとも安い原油ではなく、入手しやすい原油を選びやすくなる。物流が主導する市場では、競争力のある原油とは単に安い銘柄ではなく、航路・到着時期・保険に関する不確実性が小さい貨物だ。
今後の焦点は「停止がどれだけ続くか」
決定的なのは混乱の期間である。東西パイプラインが早期に復旧し、航行条件も改善すれば、異例の運賃プレミアムや地政学リスクの上乗せは和らぐ可能性がある。
反対に、混乱が長引けば影響は構造的になる。湾岸以外の供給をめぐる競争の持続、備蓄の取り崩し、製油所の稼働率低下の可能性、そしてアジア全体での原油着値の上昇である。
いま市場が織り込んでいるのは明快だ。エネルギー安全保障の価格は、油井元だけで決まらない。生産地から製油所までをつなぐ、すべての物流の段階で値付けされている。