低金利の通貨を借り、その資金で高金利の通貨や資産を買う――これが「キャリー取引」の基本だ。新興国市場では、投資家がドルなど比較的低コストの通貨で資金を調達し、金利の高い新興国通貨や現地通貨建て債券に投資する形が一般的である。
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この戦略は2025年、異例の好成績を記録した。ブルームバーグの指標は約17%上昇し、2009年以来の最高のパフォーマンスとなった。別の報道では、ドルを調達通貨とする新興国キャリー取引が2008年以来最長の連勝を続けたとされ、上昇は2026年にも持ち越された。
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ただし、キャリー取引の収益は確定した利息収入ではない。投資先の通貨が下落すれば、数か月分の金利収入が短期間で吹き飛ぶこともある。
2025年、なぜドル調達のキャリー取引はうまくいったのか
大きな金利差が収益のクッションになった
新興国の金利と調達コストの差は、多くの市場で魅力的な水準にあった。インフレを差し引いた実質1年利回りでも、ドミニカ共和国、ガーナ、ザンビアでは5%超、エジプト、ウガンダ、ウクライナでは10%以上に達していたとロイターは報じている。
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もっとも、名目金利が高いからといって、そのまま高収益になるわけではない。高インフレは利回りの実質的な価値を目減りさせるためだ。
トルコは高金利の代表例だった。厳格な金融政策と高い金利がリラのキャリーを支え、投資家に大きな金利差を提供した。一方で、取引の集中や国固有のリスクへの警戒も強かった。
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重要なのは政策金利の水準ではなく、最終的なトータルリターンである。
キャリー取引の収益 ≒ 金利差 + 通貨の値動き + 債券価格の変動 − 調達費用・取引コスト
通貨の下落幅が金利差を上回れば、見かけ上は魅力的な取引でも損失になる。したがって、実質金利、インフレ期待、市場流動性、中央銀行への信認は、表面上の高金利と同じくらい重要だ。
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ドル安が取引の両側を支えた
2025年の大半はドルが下落し、ドルはキャリー取引の調達通貨として使いやすい環境にあった。投資家は比較的低コストでドルを借り、高利回りの新興国資産を買いながら、調達通貨の上昇による逆風を受けにくかった。
ロイターによると、ドルを調達通貨とする取引は、インドネシア・ルピア、インド・ルピー、ブラジル・レアル、トルコ・リラなどで広がった。
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ドル安と米政策金利の低下は資金フローも後押しした。J.サフラ・サラシンが引用した研究では、ドルの下落と米金利の低下が新興国資産への資金流入を促す重要な要因となり、とりわけ現地通貨建て債券ではドルの動きが大きな意味を持った。
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為替変動の低下で利回りがより魅力的に見えた
投資先の通貨が安定していると、投資家は大きな為替差損をすぐに被ることなく金利差を受け取れる。ブルームバーグやINGは、為替ボラティリティの低下をキャリー取引が好調だった中心的な理由として挙げている。
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しかし、低ボラティリティは取引が安全になったことを意味しない。値動きが小さい局面では、投資家がレバレッジを高め、ポジションを積み増しやすい。ひとたび変動率が上昇すれば、保有コストが増えるだけでなく、損切りや証拠金、リスク管理上の制限が売りを強制することがある。
底堅い世界景気と資金流入
新興国の債券と通貨を取り巻く環境も追い風だった。運用会社は、経済の底堅さ、低ボラティリティ、キャリー、需給面の支援を、新興国債務に前向きでいられる理由として挙げている。一方、財政・政治リスクには国ごとの差が大きいと強調している。
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つまり、上昇はすべての新興国に一様に広がったわけではない。高い利回りに加え、金融政策への信認、インフレの改善、外貨調達余力、十分な市場流動性などを備えた国に、投資機会が集中した。
2026年に何が変わったのか
2026年の展開は、2025年ほど単純ではない。1月下旬時点では、ブルームバーグに連動する指標が年初来で約1.3%上昇したとの報道もあり、勢いは続いていた。
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しかし、ドルが再び上昇すると、投資家は新興国への投資資金をドルで調達するのではなく、ユーロや豪ドルなど別の通貨で調達する動きを強めた。
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この変化は、キャリー取引が単純な「ドル売り」の賭けではないことを示している。収益は、調達通貨と投資先通貨の組み合わせ、金利見通し、為替変動の大きさによって決まる。ドルが強い局面でも取引機会は残り得るが、最適な調達通貨は変わる可能性がある。
2026年後半、上昇は続くのか
機関投資家の見方は、無差別な強気というより「慎重な前向き姿勢」に近い。インフレが抑制され、世界景気が急減速を避け、為替変動が管理可能な範囲に収まるなら、キャリーは引き続き機能する可能性がある。
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一方、2026年の新興国政策金利は中央値で約50ベーシスポイント低下すると見積もられている。利下げが進めば、新興国の金利優位性は徐々に縮小する。
35金利収入のクッションが薄くなるほど、通貨が安定しているかどうかが重要になる。
投資家がより重視しやすいのは、次のような市場だ。
- 名目金利だけでなく、プラスの実質金利を持つ市場
- 信認があり、十分に引き締め的な金融政策を維持する市場
- 財政・政治リスクが管理可能な市場
- 外部からの資金調達余力や経常収支面の支えがある市場
- 通貨・債券市場の流動性が高い市場
フランクリン・テンプルトンも、2026年の新興国資産のパフォーマンスは、リスクスプレッドが市場全体で大きく縮小することより、キャリーに左右される可能性が高いと指摘している。また、ドルが全面的に下落しなくても、特定の新興国通貨が選別的に上昇する余地はあるとしている。
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上昇相場を反転させる要因
FRBの政策転換やドル急騰
FRBが予想以上にタカ派的な姿勢を示したり、米インフレが高止まりしたり、米国債利回りが上昇したりすれば、ドル調達のコストと新興国資産の相対的な魅力が変わる。ドルが急騰すれば、調達負担の増加と投資先通貨の下落が同時に起きるため、特に打撃が大きい。
新興国側で予想を上回る利下げが進む場合も、金利差を狭め、キャリーのクッションを削る。
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ボラティリティ急上昇とレバレッジ解消
2024年8月の円キャリー取引の巻き戻しは、キャリー取引が持つ構造的な弱点を示した。金利見通しの変化と急激なボラティリティ上昇がレバレッジポジションを圧迫し、BIS(国際決済銀行)は、証拠金の引き上げとレバレッジ解消が下落を増幅したと分析している。
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ドル調達の新興国キャリーでも、同じような連鎖は起こり得る。
- 金利見通しや投資家のリスク選好が変わる
- 調達通貨が上昇する、または投資先通貨が下落する
- 為替変動率が上昇し、レバレッジのコストが増す
- 損切り、追証、リスク上限が売却を強制する
- 新興国通貨や債券の売りがさらなる下落を招く
円高とポートフォリオの共通レバレッジ
2024年の事例は、円を直接調達通貨にしていない取引にも日本の金融政策が影響し得ることを示している。円は主要な調達通貨の一つであり、急速な円高は市場全体のレバレッジポジション縮小を促す可能性がある。ロイターは、2024年の巻き戻しについて、日本の利上げ、変動の大きい円、米国の政策見通しの変化が要因になったと説明している。
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もちろん、すべてのドル調達取引が同じ形で巻き戻されるわけではない。それでも、調達通貨、担保、ポートフォリオのリスク上限が、表面上は別々に見える取引を結び付けることはある。
地政学、原油、食料価格のショック
中東情勢がさらに悪化したり、エネルギー価格の高騰が長期化したりすれば、インフレと景気減速が同時に進み、原油輸入国の新興国では経常収支が悪化する可能性がある。新興国債務にとって、地政学、商品価格の変動、景気後退、AI・テクノロジーサイクルの調整は主要なリスクとして挙げられている。
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食料インフレも無視できない。米国海洋大気庁(NOAA)は、2026年10〜12月に非常に強いエルニーニョ現象が発生する確率を81%と予測しているとロイターは報じた。エネルギー・肥料コストの上昇や穀物輸送の混乱が重なれば、アジアや中南米で食料価格への圧力が強まる可能性がある。
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モルガン・スタンレーは、降雨量の減少がインド、タイ、東南アジアのサトウキビ生産に影響する可能性にも言及している。
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食料やエネルギーのショックは、二つの経路でキャリーを傷つける。投資先通貨を直接押し下げるほか、現地中央銀行に利下げの延期、場合によっては利上げを迫り、投資家の想定していた金融緩和を後退させる可能性がある。
ブラジルの選挙と財政リスク
ブラジルは有力なキャリー市場の一つだったが、好調だったからこそポジションの集中による脆さも抱える。ブルームバーグによれば、選挙への懸念から、一部の投資家はブラジル関連の取引への投資を減らし始めている。
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レアルが大きく下落すれば、現地資産から得た利息収入は容易に相殺される。さらに、ブラジルは商品市況の影響を受けやすい。中国の需要鈍化、商品価格の下落、財政政策への懸念はいずれもレアルの支えを弱め得る。
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商品・テクノロジー相場の再評価
ブラジル・レアル、コロンビア・ペソ、南アフリカ・ランドなどの商品輸出国の通貨は、商品価格の上昇から恩恵を受ける一方、世界景気の減速や中国需要の弱まりでその支えを失う可能性がある。2026〜27年の商品市場では、地政学と気候のリスクが意識されている。
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また、AI関連のアジア株が急落すれば、金融環境の引き締まりや新興国からの資金流出につながるシナリオも考えられる。ただし、現時点でAI相場の反転が新興国キャリーの弱さを引き起こす主因だと示す証拠はなく、あくまで想定される波及経路として捉えるべきだ。
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過去の巻き戻しから得られる実務的な教訓
2008年の金融危機と2024年8月の市場混乱は同じ出来事ではない。しかし、金利、ボラティリティ、投資家のリスク許容度が急に見直されると、キャリー取引は利益をゆっくり積み上げる一方で、損失を一気に出しやすいという共通点がある。
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上昇相場が反転するために、新興国のファンダメンタルズが全面的に崩れる必要はない。利回りと通貨リスクの関係が少し変わるだけでも、取引は不利になり得る。
注目すべき指標は次の通りだ。
- 米国のインフレ、米国債利回り、FRBの政策見通し
- ドルと円の強さ
- 新興国通貨のインプライド・ボラティリティ
- 新興国の利下げペース
- 新興国の債券・通貨ファンドへの資金流出入
- 原油、肥料、食料価格
- ブラジルの財政・選挙関連のニュース
- 高金利通貨の下落幅が、引き続きキャリー収益を下回っているかどうか
結論
ドルを調達通貨とする新興国キャリー取引が2025年に異例の好成績を上げたのは、広い金利差、ドル安、低いボラティリティ、底堅い世界景気、資金流入という複数の追い風が同時に吹いたためだ。2026年に入っても取引は機能しているが、最も取りやすい局面は終わりに近づいている可能性がある。
今後の基本シナリオは、広範な新興国通貨を一括で買う相場ではなく、選別色の強い展開だ。実質金利、金融政策への信認、対外ファンダメンタルズが堅固な市場では、キャリーが引き続き収益を生む余地がある。
ただし、この戦略にはいつもの非対称性がある。数か月にわたる安定した金利収入が、調達通貨、現地通貨、あるいは世界のボラティリティの急変によって、わずかな期間で失われる可能性だ。