中国の家庭用ゲーム機収入は急増しており、特にPS5の後押しとプレミアムなストーリー主導型体験への需要の高まりを背景に、2025年上半期には前年比約30%増を記録した 。しかし、これはあくまで極めて低い基準からの成長だ。ハードとソフトを合わせた中国の家庭用ゲーム機市場の規模は、2025年時点で約72億1000万ドルである 。これに対し、ゲーミングPCと周辺機器の市場だけでも370億ドルを超えている 。ソニーがPC移植を完全に止めてしまえば、中国の大多数のゲーマーが実際にプレイしているプラットフォームから、自社の主力シングルプレイヤーフランチャイズを遮断することになる。その結果、単純に家庭用ゲーム機を買えば済むわけではない、あるいは物理的に買えない膨大な数の潜在的ユーザーを失うのだ。
PCでPlayStationの独占タイトルにアクセスできなくなった中国人プレイヤーは、ただ待つだけではない。彼らは国産のPCネイティブタイトルや、別の競合エコシステムへと流れていく。テンセント、miHoYo/HoYoverse、ネットイースといった企業は、既に国内の売上チャートを席巻している。中国のPC・家庭用ゲーム機市場において、Steamは月間アクティブユーザーの実に87%を占める一方、PlayStationはわずか6%程度に過ぎない 。もともと中国ではPlayStationのネイティブな存在感はごくわずかであり、PC移植はソニーがブランド認知と需要を構築するためのほぼ唯一の手段だった。その移植を取りやめることは、次世代の中国のプレミアムゲーマーを、ソニーのエコシステムとは無縁の国内競合に事実上引き渡すことを意味する。
ニューズーは、PCゲームの収益が2028年までに家庭用ゲーム機を追い越すと予測する。その年間複合成長率(CAGR)は、PCが6.6%であるのに対し、家庭用ゲーム機は4.4%にとどまる 。まさにPC市場の構造的優位性が明白になりつつある今、ソニーはその高成長セグメントから撤退しようとしている。特に中国市場では、PCおよび家庭用ゲーム機ゲーム市場が2025年に前年比11.7%増という驚異的な伸びを示した 。この成長の波に乗ることをやめ、成長鈍化が見込まれる家庭用ゲーム機の基盤だけに固執するのは、市場を狭める選択に他ならない。
ソニーが懸念しているのは、PC版の存在がPlayStationハードの価値を下げる、つまり「他でも遊べるならPS5を買う理由が減る」という理屈である。しかし、市場データはまったく異なる物語を語っている。
GamesIndustry.bizが公開したニューズーの分析によると、PlayStationタイトルが家庭用ゲーム機発売から1年以上遅れてPCに移植された場合、最初の3か月間におけるPC版のオーディエンス獲得シェアは平均わずか13%だった 。これは決して、PCユーザーがPlayStationのゲームを望んでいない証拠ではない。何年も前からネタバレやレビュー、プレイ動画が出回り尽くした古い作品を、しかもフルプライスでリリースすれば、売れ行きが鈍るのは当然の結果なのだ。比較として、同等のAAAタイトルがPCと家庭用ゲーム機で同時に発売された場合、最初の3か月間の全ユーザー数にPCが占める割合は44%にまで跳ね上がる 。その顕著な成功例が『Helldivers 2』だ。2024年にPCとPS5で同日発売されたこのライブサービス作品は、エンゲージメントと収益の両面でソニー史上最大のPCヒット作となった 。
ソニーのPC版カタログは、Steam上で合計約4300万本を売り上げ、推定15億ドルの総収入を生み出した 。そして、まさにこの同じ期間に、PS5のハードウェア販売は成長を続けていた。PCでの提供がPS5の購入意欲を減退させたという公的なデータは存在しない。むしろ、IPの露出を広げることで新たなファンを獲得し、続編や特別機能を求めて最終的にPlayStationエコシステムへ移行するユーザーを育てていた可能性の方が高い。PC移植が家庭用ゲーム機ビジネスに損害を与えたという主張は、いまだ証拠のない仮説に過ぎない。そればかりか、それらの移植が生み出したマーケティング効果、ブランド構築、そして高収益という事実を無視している。
PC移植は、PlayStation部門の総収入の約2%を占めるに過ぎなかった 。ソニーはこの数字の小ささを撤退の正当化理由と捉えたようだ。しかし、この2%にはハードウェアの赤字補填コストも、物理メディアの製造コストも、小売マージンも、移植作業以外の開発費もほとんど含まれていない。ほぼ純利益と言える収益源であり、同時に続編や関連商品、PlayStationエコシステム全体への低コストな広告としても機能していた。ソニーの幹部自身、元CFOで現社長の十時裕樹氏も、PC展開が「シナジー」を生み、IPの長期的な収益性に貢献すると公言していた 。実績のあるささやかながらも有益な収入の流れを断つこの決断には、証明された利益が何一つ伴っていない。
同時発売と段階的リリースの効果に関するニューズーのデータは、AAAタイトルだけにとどまらない。インディーやAAタイトルの場合、PCと家庭用ゲーム機での同時発売は、段階的リリースと比較して最初の3か月間のプレイヤー数を約34%増加させる 。PCとPlayStationで同時に発売されたインディー・AAタイトルでは、最初の3か月間のプレイヤーシェアの約61%をPCが占める。一方、家庭用ゲーム機版が遅れた場合、PCのシェアは最大89%にまで跳ね上がる 。このデータが示す教訓は明快だ。売上の行方を決めるのは、プラットフォーム展開の有無ではなく、発売のタイミングなのである。PC版を遅らせても家庭用ゲーム機のセールスは守れない。むしろ、総オーディエンス規模を縮小させ、コミュニティ形成の初期段階をデフォルトでPCプラットフォームに明け渡してしまう。
ニューズーが予測するように、2028年までにPCゲームの収益が家庭用ゲーム機を上回る世界が来るならば 、「ハードウェアを独占で守る」というソニーの戦略は、最も成長の可能性が大きい市場なしで、減速傾向にあるプラットフォームに自社の主力IPを縛り付けることを意味する。マイクロソフト、Valve、テンセントをはじめとする主要プレイヤーが、プラットフォームにとらわれない配信へと舵を切っているのは、特にアジアにおけるPCの潜在的なユーザー層があまりに巨大であることを認識しているからだ。ソニーの賭けは、もはや単なる「独占が家庭用ゲーム機販売を守る」というレベルの話ではない。それは、世界のPC市場が今持っている価値よりも、家庭用ゲーム機エコシステムの未来の方が価値があると賭けるに等しい行為だ。中国市場の存在だけを見ても、これは極めて危険な賭けと言わざるを得ない。