ロボットに高性能な認識機能や高度な行動計画があっても、最初の実用要件でつまずくことがあります。そもそも作業場所までたどり着けない、という問題です。
中国のロボット企業Direct Drive Tech(本末科技)が打ち出すのは、具身AIの早期のボトルネックは知能だけではなく、物理的に現場へ入る能力だという見方です。段差、縁石、壊れた舗装、坂道、階段、ぬかるみを越えられなければ、その場所で作業できず、ロボットの行動改善に必要な現実世界の相互作用データも集められません。
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最初の壁は「知能」ではなく「到達性」
具身AIは、ソフトウェアだけで完結する仕組みではありません。ロボットの身体、環境との相互作用、そして知能が一体となって機能する必要があります。身体が持つ移動・知覚・操作能力の限界は、そのままシステム全体の活動範囲を制限します。
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一般的な屋内向け移動ロボットは、平らで予測しやすい床を前提に設計されることが多いものです。しかし、現実の移動経路には次のような境界があります。
- 床と床の間にある高い敷居
- 歩道の縁石や階段
- ひび割れた舗装や段差
- 傾斜の変化
- 土、砂、泥などの不安定な路面
- 建物内と屋外をつなぐ出入口
平坦な施設内では問題なく動けるロボットでも、こうした場所で停止すれば、任務全体を完了できません。しかも、そこで動けないロボットは、その環境における移動データを収集することもできません。
Direct Driveや関連報道が示すのは、これを単なる記録容量や学習予算の問題ではなく、データを取りに行ける搬体(キャリア)の問題として捉えることです。平らな床から動けないロボットは、階段や泥地での移動データを生成できません。シミュレーションや動画学習は事前学習に役立ちますが、制御された環境と、変化し続ける現実の物理的相互作用の間には、なお大きな隔たりがあります。
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この考え方に立つと、ロボットのために環境を作り替える従来型の導入にも限界が見えてきます。専用スロープ、目印となるマーカー、走行レーンの制限などでロボットに合わせるのではなく、人間が使う通常の空間にロボット側が適応するべきだ、という発想です。
車輪と脚を対立させない「輪足」
車輪と脚は、しばしば「効率」と「適応力」のどちらを優先するかという二者択一で語られます。Direct Driveの答えは、両方を一つの移動システムに組み込むことです。
- 車輪は、平坦な床や道路を速く、効率的に移動するのに向いています。一方で、段差の高さや隙間、凹凸、軟らかい路面に弱いという制約があります。
- 脚は、車体を持ち上げたり姿勢を変えたりして、路面の不連続部分を越えられます。ただし、日常的な移動では、制御やエネルギー、機構設計の負担が大きくなりがちです。
- 輪足は、通常は車輪で転がり、必要なときだけ脚の関節を使って車体を持ち上げ、段差を越え、姿勢を安定させます。
NVIDIAもTITAについて、車輪型ロボットの速度・俊敏性と、脚型ロボットの適応性を、直駆動関節とハブモーター技術によって組み合わせる設計だと説明しています。
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つまり、すべての経路を歩くことが目的ではありません。廊下や道路では効率よく走行し、敷居や縁石では脚を使い、坂道では姿勢を調整し、屋外で再び車輪走行へ戻る。こうして、作業のたびにルートを改修したり、障害物の前で任務を中断したりする場面を減らそうとしています。
直駆動アクチュエーターが担う役割
この移動方式を成立させるには、ロボットが姿勢や力を素早く、正確に変えられなければなりません。直駆動のホイールハブモーターは車輪へ直接推進力を伝え、直駆動または準直駆動の関節は、姿勢変更や段差越えに必要なトルクを生み出します。TITAは、直駆動関節とハブモーターを組み合わせた構成として紹介されています。
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従来型の減速機や伝達機構への依存を減らすことで、トルク制御をより直接的にし、動作の応答性を高められる可能性があります。ただし、直駆動にすれば課題が消えるわけではありません。モーター、機体構造、放熱設計、制御ソフトウェアが、高い負荷や繰り返し衝撃に耐える必要があります。
ここでの役割分担は明確です。AIが「どのように動くか」を計画しても、凹凸のある路面でその動作を実行できるかどうかは、物理層の性能にかかっています。直駆動は知能の代わりではなく、知能が決めた行動を現実の身体で実行するための基盤です。
XingtianからTITA、D1へ
Direct Driveの製品展開は、輪足移動の実証から、より構成を変えやすいプラットフォームへと進んできました。
Xingtian:輪足ロボットの初期モデル
同社はXingtian(刑天)を、商用化された初期の直駆動・二輪足ロボットとして位置づけています。車輪による速度と脚による障害物越えを組み合わせ、オープンSDKによる二次開発にも対応すると説明されています。
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その意義は、あらゆる場面を完全な脚式歩行でカバーするのではなく、コンパクトな輪足ボディによって、通常の車輪型シャシーでは難しい路面にも活動範囲を広げるという基本構想を示した点にあります。
TITA:開発者向けの8自由度プラットフォーム
2023年のTITAは、このコンセプトを8自由度の車輪付き二足型プラットフォームへ拡張しました。直駆動関節、センサー、アクセサリー用のモジュール構造、研究・開発向けのソフトウェアインターフェースを備えます。
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公表仕様では、TITAはピークトルク120N・m、移動時の積載能力10kg、ホットスワップ対応バッテリー、NVIDIA Jetson Orin NX 16GB、AI性能100 TOPSを掲げています。また、ROS 2やハードウェア・ソフトウェアの各種インターフェースにも対応します。
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センサー面では、双眼カメラ、超音波センサー、SPADセンサーを搭載し、障害物の検知と回避に必要な知覚機能を備えています。
9車体上部のレールにはアクセサリーを追加でき、点検、配送、物流、農業、研究などへの展開が想定されています。ただし、こうした用途は製品の位置づけや企業側の主張であり、すべての用途が商用上解決済みであることを意味するものではありません。
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D1:仕事に合わせて形を変える
D1(D-Infinite)は、固定された輪足ボディという考え方をさらに広げたモデルです。単体では二輪足の立位構成として動作し、モジュールを組み合わせると、より低く安定した四輪足・匍匐構成へ移行できます。
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公表資料では、最大障害物高70cm、匍匐モードで最大100kg、立位構成で80kgの積載能力が示されています。
24この設計のポイントは、単に積載重量を増やすことではありません。狭い場所や歩道、階段周辺では立位構成を使い、重い荷物や荒れた地形では低い構成に切り替えるなど、作業に応じて安定性、機動性、積載力のバランスを変えられることです。
汎用ロボットに必要なのは、あらゆる作業に最適な「一つの完璧な形」ではなく、仕事や環境に合わせて身体の構成を変えられるプラットフォームかもしれません。
物理的に入れることは、すべての問題を解決しない
Direct Driveのアーキテクチャは、ロボットが現場に到達できなければ、そこで作業もデータ収集もできないという、確かな制約に対応しています。輪足構成は、車輪だけの効率と脚だけの地形適応力の中間を狙い、直駆動アクチュエーターは、移動計画と実際の身体制御をつなぎます。
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ただし、物理的な到達性は最初の関門にすぎません。実際の導入には、安定した知覚、ナビゲーション、マニピュレーション、安全制御、エネルギー管理、保守コスト、環境変化に対するモデルの汎化能力も必要です。政府・産業界の分析でも、高品質な実世界データの不足、研究室と現場の差、ハードウェアの信頼性、量産時のコストなどが相互に結びついた課題として挙げられています。
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また、Direct Driveの製品ページや企業資料に記載された性能や用途は、特定の構成・試験条件における公表値です。それらは、汎用的な自律性や大規模な商用展開を独立に証明するものではありません。独立報道でも、同社のロボット関連事業は成長する一方、商用化の規模はなお限定的だとされています。
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具身AIの順番を入れ替える
Direct Driveが示す開発の順序は、次のように整理できます。
- 実際に仕事が行われる多様な環境へ入れる身体をつくる。
- 到達した現場で作業し、豊富な相互作用データを集める。
- 繰り返しの運用を通じて、知覚、制御、汎化能力を高める。
- 特定用途から、より広い業務領域へ展開する。
この意味で、同社の輪足ロボットは、単なるシャシーの選択肢ではありません。具身AIをどこから構築すべきかという、ひとつの戦略的な見解です。
本当に汎用的なロボットを目指すなら、まず必要なのは世界を理解する「頭脳」だけではない。その世界へ入り、転び、避け、乗り越え、実際に働き続けられる「身体」なのです。