暗黒物質の候補であるWIMPを探すために建設されたXENONnTが、今度は太陽の中心で生じた核融合の「メッセンジャー」を捉えた。イタリア・グランサッソ国立研究所(LNGS)でXENON共同研究が発表したのは、太陽ニュートリノが液体キセノン中の電子に散乱する現象の観測だ。これにより、太陽ニュートリノを直接観測できるエネルギーの下限は約17keVまで広がった。これは、これまでに報告されたニュートリノ観測として最も低いエネルギー閾値である。
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今回の信号は、太陽ニュートリノの中でも特に数の多いppニュートリノが中心となっている。暗黒物質探索用の装置が、太陽のエネルギー源を直接調べる観測装置へと役割を広げた形だ。
ニュートリノは電子に「かすかな反動」を残す
ニュートリノは物質とほとんど反応しない。太陽から地球へ大量に飛来しているにもかかわらず、その多くは何にもぶつからず通り抜ける。
ごくまれに、太陽ニュートリノが液体キセノン中の電子と弾性散乱を起こすと、電子にわずかなエネルギーが伝わる。この反跳によって、検出器には次の2種類の信号が生じる。
- 液体キセノンが発する瞬間的なシンチレーション光
- 放出された電子を気相へ取り出した際に生じる電気発光
2つの信号の時間差と大きさを組み合わせることで、研究者は各イベントのエネルギーと三次元位置を再構成できる。つまり、1個のニュートリノによる「決定的な一撃」を見つけるのではなく、多数の電子反跳がつくるエネルギースペクトルを統計的に分析し、放射性物質や検出器由来の背景と照合する。
なお、約17keVという数字は、観測でアクセスできたニュートリノのエネルギー領域を示すもので、ニュートリノが毎回そのエネルギーを電子へそのまま渡すという意味ではない。発表によれば、検出された低エネルギー太陽ニュートリノの信号はppニュートリノが支配的だった。
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ppニュートリノは、太陽の核融合から届く
ppニュートリノは、太陽で進む陽子・陽子連鎖反応の最初の段階で生まれる。
[
p+p\rightarrow d+e^++\nu_e
]
この反応は、水素が段階的にヘリウムへ変わる核融合過程の出発点だ。太陽のエネルギーの大部分を支えるのがこのpp連鎖であるため、ppニュートリノは太陽の中心で起きている核融合を直接伝える重要な粒子となる。
太陽の光は、中心で生まれたエネルギーが表面へ伝わり、さらに宇宙空間を進んで地球に届くまで長い時間を要する。一方、ニュートリノは太陽内部の物質とほとんど反応せず、生成された場所からほぼ直接脱出する。そのためppニュートリノを測定すれば、太陽を輝かせている核融合反応を、光より直接的に調べられる。
5.9トンの液体キセノンと、極端に静かな環境
XENONnTの中心には、液体と気体の二相式タイムプロジェクションチェンバー(TPC)がある。検出対象となる液体キセノンは5.9トンに達し、大きな標的質量によって、極めてまれな相互作用を捉える確率を高めている。
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この装置が測定するのは光だけではない。粒子反応で生じた電離電子も読み出すため、イベントのエネルギー、位置、反跳の種類を詳しく調べられる。電子との散乱で生じる「電子反跳」と、原子核との散乱で生じる「核反跳」を区別できる点も、暗黒物質探索に使われてきた理由の一つだ。
しかし、低エネルギーの太陽ニュートリノを見つけるには、信号そのものの弱さだけでなく、背景事象を極限まで減らす必要がある。特に問題となるのがラドンとその崩壊生成物だ。ラドンのベータ崩壊は、ニュートリノと電子の散乱に似た電子反跳を生み出す可能性がある。
XENONnTでは、オンライン極低温蒸留システムを使って、検出器の運転中もキセノンからラドンを連続的に除去した。その結果、標的内部の(^{222}\mathrm{Rn})放射能濃度は約(0.90\ \mu\mathrm{Bq/kg})まで低下し、ラドン由来の背景は、避けることのできない太陽ニュートリノ由来の背景と同程度になった。
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さらに、検出器はグランサッソ山の地下深くに設置されている。地下環境は宇宙線によるイベントを抑え、残った背景の中から太陽ニュートリノに期待されるスペクトルを統計的に抽出することを可能にする。
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2024年の8Bニュートリノ測定との違い
今回の測定は、XENONnTが2024年に報告した太陽ニュートリノの結果とは別の反応チャンネルを使っている。
2024年の分析では、太陽で生成された8Bニュートリノがキセノン原子核に散乱する、コヒーレント弾性ニュートリノ・原子核散乱(CEνNS)を調べた。この場合、観測されるのは原子核の反跳である。結果は2.73σの兆候であり、5σの発見ではなかった。
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今回の低エネルギー測定では、ニュートリノが原子核ではなく電子に散乱する現象を利用する。2つの結果を並べると、同じ検出器が太陽ニュートリノの異なる姿を捉えていることが分かる。
- 電子反跳:ニュートリノと電子の散乱。低エネルギーのppニュートリノが中心となる。
- 核反跳:CEνNSによるニュートリノとキセノン原子核の散乱。2024年の8Bニュートリノ測定で用いられた。
異なる反応チャンネルは、太陽ニュートリノのエネルギースペクトルや、太陽内部の物理を調べる別々の観測窓を提供する。
暗黒物質探索を覆う「ニュートリノの霧」
太陽ニュートリノは、暗黒物質実験にとって二面性を持つ。測定可能な自然の信号である一方、WIMPが残すと考えられる反跳と似たイベントを生み出すからだ。ニュートリノは物質をほぼそのまま通り抜けるため、通常の遮蔽で取り除くこともできない。
この避けられない背景は、しばしば「ニュートリノの霧」と呼ばれる。暗黒物質の信号が完全に見えなくなる硬い壁というより、感度向上に伴って信号と背景の統計的な区別が難しくなる領域を指す表現だ。エネルギースペクトルの形、複数の標的物質、反応の方向性、太陽ニュートリノ流量の精密化などを組み合わせれば、WIMP信号を統計的に見分けられる可能性は残る。ただし、感度をさらに高めるほど、改善は難しくなり、系統誤差の重要性も増していく。
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XENONnTが示した8BニュートリノのCEνNSの兆候は、暗黒物質検出器がこの核反跳の背景を実際に捉え始めた初期の例だった。今回のppニュートリノ測定は、電子反跳の側でも太陽ニュートリノが重要な実験対象になることを示している。
次世代XLZDは何を広げるのか
次世代の液体キセノン観測施設として計画されているXLZDは、基準設計で約60トン、条件が整えば最大80トンの液体キセノンを標的にする。XENONnTと比べて、およそ1桁大きい規模だ。
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標的質量が増えれば、暗黒物質探索でより多くのデータを集められるだけではない。ppニュートリノやその他の太陽ニュートリノの流量とスペクトルをより精密に測定し、太陽から地球へ飛来する間に電子ニュートリノがどの程度生き残るかという「電子ニュートリノ生存確率」の検証にもつながる。
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同時にXLZDは、WIMPの相互作用がニュートリノの背景に埋もれ始める「ニュートリノの霧」の領域まで探索することを目指している。
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XENONnTの成果が示すのは、暗黒物質探索と太陽ニュートリノ天文学が、もはや別々の研究分野ではないということだ。極低バックグラウンド、優れた純度、微弱な光と電離を読み出す技術――WIMPを探すために磨かれた能力が、そのまま太陽中心部の核融合を伝えるほとんど見えない粒子の観測にも生かされている。