米国とイランの戦闘がホルムズ海峡周辺で再び激しくなり、アジア市場では半導体株を中心に売りが強まった。市場が反応したのは軍事ニュースそのものだけではない。エネルギー輸送の混乱リスクが高まり、原油価格が上昇し、インフレ懸念と米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ観測が強まる――という連鎖が、投資家のリスク回避を促した。
8月31日、ブレント原油先物は前日比2.71%高の1バレル=90.49ドル、米国の指標油種WTIは2.83%高の85.76ドルで取引を終えた。株式が下落する一方、債券利回りは上昇し、投資家はインフレとFRBの金融政策見通しを見直した。
1 取引時間中には、WTIが86ドル、ブレントが91ドルを上回る場面もあった。
11
市場を動かした「衝突・原油・金利」の連鎖
ホルムズ海峡が注目されるのは、世界のエネルギー輸送にとって重要な航路だからだ。タンカーの通航が滞れば、原油の供給が締まるとの見方が強まり、価格には地政学的なリスクプレミアムが上乗せされる。
8月中旬にも、中東情勢の緊迫化に加え、アラブ首長国連邦(UAE)がイランとの金融・経済取引を停止し、海峡の船舶交通が低調だったことから、原油価格は約4週間ぶりの高値に上昇していた。
2
その後、米軍がホルムズ海峡のララク島にあるイランの発射装置を攻撃し、イランがヨルダンの米軍拠点にミサイル攻撃を行ったと報じられた。
1
8 これに先立つ局面では、UAEの石油港や海峡を航行する船舶への攻撃も原油価格を押し上げていた。
7
原油高の影響はエネルギー企業だけにとどまらない。ガソリン、輸送費、さまざまな投入コストが上昇すれば、時間差を伴って財やサービスの価格にも波及する。景気を下押しする戦争と供給網の混乱が同時に起きるなかでのインフレ加速は、中央銀行にとって特に扱いにくい状況だ。
なぜ日本と韓国の半導体株が売られやすかったのか
半導体株はしばしば「長期成長株」として取引される。株価は現在の利益だけでなく、将来の利益成長、世界の半導体需要、資金調達コストに大きく左右される。
米国債利回りが上昇すると、将来受け取る利益を現在価値に換算した際の評価が下がりやすい。そこに原油高による世界景気の減速懸念や企業コストの上昇が加わると、半導体株には二重の逆風となる。
日本と韓国では、テクノロジー企業や半導体企業が主要株価指数に占める存在感が大きい。そのため、原油高、債券利回りの上昇、半導体株の売りが同時に起きると、指数全体の下落も増幅されやすい。過去の同様の局面では、韓国のKOSPIが5.5%下落し、日本の日経平均株価が2.1%下落した。
12 別の市場報道でも、半導体株の下落が原油高と債券利回りの上昇に重なり、韓国市場は約6%、日本市場は3%超の下落となった。
24
逆に、原油価格が落ち着き、ホルムズ海峡の通航を巡る懸念が後退すると、韓国のSamsung ElectronicsやSK Hynixが上昇し、日本の日経平均も反発した。
22
27 この値動きは、半導体株が企業固有の材料だけでなく、原油、金利、景気見通しといったマクロ経済リスクにも強く反応していることを示している。
なぜ9月の利上げ観測が強まったのか
原油高によるインフレショックは、FRBに難しい政策判断を迫る。エネルギー価格の上昇は総合インフレ率を押し上げる一方、地政学的緊張は需要や景気を冷やす可能性があるからだ。
投資家が、原油高の影響は一時的なガソリン価格の上昇にとどまらず、幅広い物価やインフレ期待に波及すると判断すれば、金利は「より長く高いまま」と見込まれる。8月31日には、9月の利上げ確率が57%に引き上げられたと報じられた。
10
26
利回りの上昇は、企業や家計の借り入れコストを高める。また、将来の利益を重視する成長株の相対的な魅力を低下させる。これが、原油高が半導体株を中心とするアジアのテクノロジー株に波及する経路だ。
もっとも、重要なのは原油高がどれほど続くかである。短期的な地政学リスクであれば、インフレ率を一時的に押し上げても、FRBの中期的な政策路線を変えない可能性がある。一方、海運や石油インフラへの混乱が長期化し、基調的なインフレや雇用が底堅ければ、金融引き締め圧力はより強くなる。
今後の相場を左右する4つの材料
米雇用統計
雇用統計は、米国経済がエネルギー価格のショックに耐えられるかを見極める材料になる。雇用者数や賃金の伸びが強ければ、FRBは原油高を「一時的な要因」として扱いにくくなる。反対に、雇用の減速が明確になれば、追加利上げは需要を過度に冷やすとの見方が強まりやすい。
9月11日のCPI
消費者物価指数(CPI)は、インフレ圧力がエネルギー以外にも広がっているかを確認する近い将来の試金石だ。ガソリン価格が主因の総合指数の上昇よりも、財やサービス全般の圧力を示すコアCPIの強さのほうが、金融政策にとって重要になる。
PCEインフレ指標
個人消費支出(PCE)物価指数は、FRBが重視するインフレ指標だ。直近のPCEは市場予想をやや上回り、Nvidiaやテクノロジー株に注目が集まるなかでも、物価への警戒感を残した。
18
19
コアPCEが強い内容となれば、原油高を単なる地政学的な一時要因として片付けるのは難しくなる。原油価格の上昇が基調的な物価上昇と結び付いているかが焦点だ。
Nvidiaの決算と見通し
Nvidiaは、人工知能(AI)向け投資と半導体需要を測る重要な指標だ。直近の決算では市場予想を上回り、データセンター部門の売上高は前年同期から倍増した。業績見通しも、韓国の半導体株の比重が大きいKOSPIを含むアジアのテクノロジー株を押し上げた。
18
29
今後も強い見通しが示されれば、マクロ経済面の逆風を半導体株が吸収する余地が生まれる。反対に、需要、利益率、企業の設備投資に慎重な見通しが示されれば、原油高や金利上昇によるリスク回避が、テクノロジー主導の深い調整へ発展する可能性がある。
下落が長引く条件
次の材料が複数重なれば、アジア株への圧力と利上げ観測は長引きやすい。
- 米国とイランによる攻撃のさらなる拡大、または地域紛争の拡大
- ホルムズ海峡の船舶輸送や地域の石油インフラへの混乱の確認
- ブレントとWTIの持続的な上昇
- CPIやPCEのコア指標が予想以上に強い内容となること
- 雇用者数や賃金の伸びが底堅く推移すること
- 長期の米国債利回りがさらに上昇すること
この組み合わせは、「高金利が長期化する」、あるいは「追加利上げが必要になる」との見方を強め、世界景気の減速懸念も高める。
反発につながる条件
外交協議や船舶輸送の取り決めによって原油のリスクプレミアムが縮小し、コアインフレが抑制され、雇用が景気の急失速を伴わずに軟化すれば、市場は落ち着きを取り戻す可能性がある。NvidiaなどAI関連企業が力強い業績見通しを示すことも、半導体株を支える材料となる。
実際、ホルムズ海峡の通航を巡る協議が再開して原油価格が下落した局面では、アジア株やテクノロジー株が反発した。
22
今回の相場を見極めるうえで最も重要なのは、衝突が続くかどうかだけでなく、原油高が一時的か、持続的かという点だ。紛争が限定的で原油が反落すれば、半導体株は比較的早く値を戻す可能性がある。供給混乱とインフレが定着すれば、アジアのテクノロジー株とFRBの政策見通しの双方にかかる圧力は、簡単には解消しないだろう。