回路を再構成する場合は、各位置にどの株を印刷するか、どのコロニー同士を隣接させるかを変更する。回路ごとに新しい遺伝子プログラムを組む必要はない。遺伝子工学が各細菌株の「できること」を定義し、印刷レイアウトがそれらの接続方法を決める仕組みだ。
研究チームは、この構造を使って段階的に複雑な演算を実証した。含まれていたのは次のような回路だ。
この細菌回路が1回の計算を終えるまでには、およそ8時間かかった。シリコン半導体の論理回路がナノ秒以下ともいえる電子的な時間スケールで動作することを考えれば、コンピューターとしては極めて遅い。そのため、従来型のプロセッサーやデジタル計算機を置き換える技術ではない。
一方で、生物学的な現象は数時間から数日単位で進むことが多い。植物の乾燥ストレス、害虫による被害、病気の進行などを現場で検知し、化学的な応答につなげる用途なら、8時間という時間が必ずしも致命的な遅さとは限らない。
この技術の価値は、処理速度ではなく、生物環境の中で自律的かつ局所的に「検知して反応できる」点にある。電子機器を設置したり電源を確保したりする代わりに、細菌自身が環境からの信号を読み取り、必要な場所で生物学的な出力を生み出す可能性がある。
研究チームは、植物と関わる環境を将来的な応用先の一つとして挙げている。根や葉に配置した回路が、乾燥、害虫、病原体に関連する複数の信号を組み合わせ、条件がそろったときだけ防御反応を起こすという構想だ。
従来の遺伝子回路設計では、複数の機能を1個の細胞にどこまで組み込めるかが重要な課題だった。今回の方式は、機能を異なる細胞集団に分け、各集団をどう配置すればよいかを問う。
細菌株の役割を専門化すれば、個々の細胞にかかるタンパク質生産の負担を抑えられる。さらに、遺伝子改変だけでなく、印刷する位置や隣接関係も設計要素になる。少数の専門化した部品を組み合わせ、回路ごとに新しい株を作らずに構成を変えられる点が、この「生きた回路基板」の核心だ。