イラン、オマーン、カタールを巻き込んだ外交が、原油市場の見方を変えた。市場はこれまで、ホルムズ海峡が長期にわたり事実上閉鎖される可能性を強く織り込んでいた。だが現在は、監督下での限定的・段階的な航行再開が現実味を帯び始めている。
その変化を受け、8月25日のブレント原油先物は3.9%安の1バレル=88.58ドル、米国産WTIは3.1%安の82.36ドルで取引を終えた。19
ただし、外交が変えたのはまず市場の期待であり、物理的な供給ではない。タンカーの航行は依然として大きく制限され、製油所の処理能力も損なわれている。さらにイランは、暫定合意に基づく米国の履行がなければ海峡を再開しないとの立場を示している。今回の下落は、エネルギー危機の終結というより、原油価格に上乗せされていた「パニック・プレミアム」の一部が剥がれた動きと見るのが妥当だ。
イラン・オマーン・カタールの協議で何が変わったのか
ホルムズ海峡の両岸に位置するイランとオマーンは、船舶の通航を管理する段階的な枠組みを協議した。構想には、暫定的な共同航行回廊の設置と、水路の機雷を除去する共同事業が含まれている。両国は、より恒久的な取り決めに向けた技術協議も続けるとしている。157
協議は航路の確保だけにとどまらない。イラン革命防衛隊は、海峡の水域における両国の取り分や、収入の分配について合意に達したと表明した。ただし、海峡をどのように管理するかという全体的な枠組みは、なお交渉中だ。16
カタールも仲介役として関与を深めた。カタールのムハンマド首相兼外相は、イランとオマーンの当局者と暫定枠組みについて電話会談や協議を行った後、8月27日にテヘランを訪問した。協議では、暫定航行回廊や機雷除去に加え、イランと米国のより広範な交渉を再開する可能性も議題となった。91011
原油市場にとって重要なのは、海峡が通常どおり開通したことではない。危機が始まった当初よりも、「限定的かつ管理された航行再開」が起こる可能性が高まったことだ。
なぜ原油価格は下がったのか
原油価格は、現在どれだけの原油が動いているかだけでなく、将来どの程度の供給障害が続くと市場が見ているかにも左右される。8月25日には、投資家が軍事的なエスカレーションよりも、経済的圧力と外交協議の方が短期的な供給への脅威は小さいと判断した。ブレントは89ドルを下回り、WTIは82ドル台前半で取引を終えた。1921
翌営業日も下落は続いたものの、幅は小さかった。ブレントの終値は87.84ドル、WTIは82.23ドルとなった。投資家がイラン・オマーン協議を見守る一方、ロイターはホルムズ海峡を通過する商品船の数が3カ月ぶりの低水準に落ち込んだと報じた。外交への期待が改善しても、実際の通航量は低迷しているというギャップが浮き彫りになった。18
市場が描いているシナリオは、次のような条件付きのものだ。
- 暫定航行回廊が設けられれば、一部の船舶が航行を再開できる。
- 通航量が増えれば、原油や石油製品の目先の不足が和らぐ。
- 取り扱いを止めていた生産設備が再稼働すれば、供給がさらに増える。
- その結果、原油価格に含まれる地政学的リスクプレミアムが縮小する。
米エネルギー情報局(EIA)の見通しも、こうした順序を前提としている。ホルムズ海峡の通航が徐々に増え、停止していた原油生産が再開すれば、価格は下落し始めると予測。同局はブレントの平均価格を2026年第3四半期に約85ドル、第4四半期に78ドルと見込んでいる。第3四半期の予測は前回より1バレル当たり11ドル高く、供給障害がなお大きく織り込まれていることも示している。17
暫定航路は「海峡の再開」と同じではない
イラン側の当局者は、米国が暫定和平合意に基づく約束を果たすまで、海峡は再開しないと述べている。つまり、再開の実現にはイランとオマーンの技術的な合意だけでは足りない。米国による封鎖や制裁上の制約の解消、安定した海上警備、機雷除去の確実な完了も必要になる。46
実際の航行データも、再開が近いことを裏付ける状況にはない。紛争前、ホルムズ海峡を通る原油と石油製品の流れは1日平均約1,800万バレルだった。Kplerのデータを引用したロイターによると、7月には480万バレルまで減少し、8月初旬の平均は約200万バレルに落ち込んだ。20
この違いは重要だ。原油価格は、現物の供給が回復する前でも期待だけで下落することがある。しかし、タンカーが継続的に戻らなければ、提案された枠組みが機能していると判断できる材料は乏しい。外交上の発表は一時的に不安を和らげられるが、持続的な価格下落には、航行、輸出、生産の実測値が改善する必要がある。
より深刻なのは精製燃料の不足かもしれない
今回の危機は、原油だけの問題ではない。製油所の損傷と輸送制限によって、軽油などの精製燃料は特に供給が逼迫している。
中東の製油所処理量は、第2四半期に戦前の水準を1日当たり290万バレル下回ったと推定され、第3四半期も220万バレル下回る状態が続くと見込まれている。ウクライナによる攻撃も、ロシアの精製量を約20年ぶりの低水準に近づけた。33
その結果、原油の代表的な指標価格が下落しても、世界の軽油市場は引き締まったままになり得る。中東からの石油製品輸出が滞り、ロシアからの燃料輸出も減少しているためだ。米国の留出油在庫(軽油と暖房油を含む)は8月7日時点で1億710万バレル。ロイターが引用したデータによると、この時期としては1996年以来の低水準だった。35
消費者と市場参加者にとって、ここには重要なずれがある。ホルムズ海峡のリスクプレミアムが薄れれば原油指標は下落する可能性がある一方、製油所の稼働率や在庫が回復しなければ、軽油価格、精製マージン、燃料コストは高止まりする。国際エネルギー機関(IEA)も、精製燃料市場の逼迫を背景に、大西洋圏の精製マージンが7月に過去最高水準へ上昇したと指摘している。22
原油価格の下落を反転させる要因
今回の下落が続くかどうかは、外交合意が実際の運用に移るかにかかっている。次のような展開があれば、リスクプレミアムはすぐに再上昇する可能性がある。
- 暫定航行回廊の開始が遅れる、または断続的な運用にとどまる
- 機雷除去や海上警備の問題で、船舶の通航が進まない
- 米国とイランが再開に結びつく約束を履行できない
- 追加の外交発表後も、船舶の動きが現在の低水準から回復しない
- 攻撃の再開や軍事的なエスカレーションによって、再び航行が脅かされる
- イラン関連制裁の厳格な執行が、交渉の進展ではなく供給リスクの高まりと受け止められる61925
ロイターは、市場が「長期的な混乱と再エスカレーションの確率が高い状態」から、「部分的な再開」を織り込む状態へ移ったと説明している。これは確率の変化であって、貿易が回復したという確認ではない。18
市場の結論:慎重な楽観論
イランとオマーンの協議、カタールによる仲介、そして暫定航行回廊の構想は、ホルムズ海峡が恒久的に閉鎖されるという当面の不安を和らげた。そのため、8月下旬にはブレントとWTIが下落し、8月25日のブレント終値は88.58ドルとなった。19
しかし、供給ショックそのものは残っている。ホルムズ海峡の通航量は紛争前を大きく下回り、中東とロシアでは精製能力が失われ、米国の軽油・暖房油在庫も季節的に異例の低さにある。203335
現時点で最も妥当な見方は、「慎重な楽観論」だろう。外交は段階的な再開への道筋をつくり、原油価格のパニック・プレミアムの一部を取り除いた。だが、相当量の船舶と原油が継続的に流れ、米国とイランの取り決めが実際に機能して初めて、今回の市場反応は一時的な下落ではなく、持続的な価格低下へと変わる。