この方向転換の理論的な支柱となるのが「タウ(τ)スケーリング則」だ。ムーアの法則のようにトランジスタを物理的に小さくする「幾何学的スケーリング」に固執するのではなく、チップ全体での信号伝播の遅延時間、すなわちデータの移動時間「τ(タウ)」を圧縮することを半導体進化の中心に据える、という新たな設計哲学である。何庭波氏は、この方法論の開発に6年を費やし、すでに同社のチップ製品ライン全体に応用していると述べた
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「τスケーリング則は、信号とデータがチップとその周辺システム内を移動する時間を、設計上の中心に置くものです」とファーウェイは声明で説明する。つまり、配線の短縮、レイテンシ(遅延)の低減、データフローの最適化によって、トランジスタのさらなる微細化が輸出規制で封じられても、性能向上を継続できるというわけだ。
最も注目を集めたのは、2031年までに「1.4nm級」のチップを実現するという具体的な目標年が示されたことだ。半導体受託製造の巨人、台湾のTSMCがこの1.4nmプロセスの量産開始を2028年と公表していることを踏まえると、ファーウェイの目標は、業界トップと数世代の技術格差を一気に埋めることを意味する。とはいえ、TSMCの計画からは3年遅れる計算だ。
より短期的な計画として、同社は2026年後半に登場予定の次世代スマートフォン向けプロセッサ「Kirin」が、このLogicFoldingアーキテクチャを初めて採用するチップになるとしている。その集積度は1平方ミリメートルあたり2億3800万トランジスタに達し、クロック速度が約13%向上し、先述の41%の消費電力効率改善を達成する見込みだ。さらにLogicFoldingは、2030年までに同社のAI推論用チップ「Ascend」、そしてデータセンター向けの大規模AIクラスターにも搭載される予定である
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この発表に対する株式市場の反応は迅速かつ広範囲に及んだ。中国本土のA株市場では、最大手ファウンドリのSMIC(中芯国際集成電路製造)が一時19%も急騰し、時価総額は1兆2500億元に達した。華虹半導体は、上海市場での1日の値幅制限いっぱいとなる20%高を記録。東芯半導体やACM Research、永熙電子なども20%のストップ高に張り付いた。AIチップ大手の寒武紀(Cambricon)も8%以上急伸した
。この上昇は、ファウンドリだけに留まらず、半導体設計、プリント基板(PCB)、先端パッケージング、メモリチップなど、関連セクター全体に広がった
。
休場明けの香港市場が5月26日に再開すると、その勢いは増幅された。香港上場のSMICは一時16%、華虹半導体は12%近くまで上昇。GigaDeviceやInnoscience(英諾賽科)も4%から7%の上昇を見せた。アナリストらは、米国の輸出規制にもかかわらず中国の半導体メーカーが海外ライバルとの差を縮められるかもしれないという「再燃した楽観論」が背景にあると指摘している
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市場の熱狂とは対照的に、半導体技術の専門家からはいくつかの重大な警告がなされている。
1. 動くチップがまだ存在しない。 ISCASでの発表は、あくまで設計方法論と将来のロードマップを示したものに過ぎない。LogicFoldingを物理的に動作するチップとして実証したわけではなく、集積度や効率の改善も理論上の数値にとどまる。チップアーキテクチャを実際の製品に落とし込むには、論理レイヤーを垂直に積層するための製造プロセスそのものを確立する必要があり、これだけでも極めて難易度の高い挑戦だ。
2. EUV装置が不要なわけではない。 LogicFoldingは最先端のEUV露光装置への依存を減らすことを狙っているが、リソグラフィ装置自体が完全に不要になるわけではない。ある業界アナリストは、「LogicFoldingで『7nm』チップを作るほうが、EUVなしで『1.4nm』相当の密度を実際に達成するよりも、よほど容易だろう」と指摘している。成熟したプロセスルールでの性能底上げには役立つかもしれないが、ASMLの最高峰の装置なしに世界最先端の集積度に到達できるかは、まったく実証されていない。
3. 5年という長期計画に伴う高い実行リスク。 半導体業界は、壮大な設計を発表しながら量産段階でつまずいた例に事欠かない。「タウスケーリング則」は、物理法則に根ざした理論というより、経験則に基づくヒューリスティックなフレームワークであり、第三者が独自に検証したり、従来のプロセス世代の進歩と性能を比較したりするのが難しい。
4. 制裁の包囲網はむしろ強まっている。 今回の発表は、まさに米国で半導体関連の輸出規制をさらに強化する「MATCH法案」が超党派で議会に提出された矢先の出来事だった。この法案は、中国のファウンドリが現在、先端品の製造に依存している既存の液浸DUV(深紫外線)露光装置など、やや旧世代だが依然として高性能な製造装置の輸出までをも制限しようとするものだ。MATCH法案が成立すれば、LogicFoldingのロードマップが前提としているかもしれない「次善の策」のための装置すら、入手が難しくなる可能性がある。
今回の株価急騰は、LogicFoldingという特定技術の成功に対する信任投票というより、「自立した中国半導体」という物語がどれほど市場の思惑を刺激しやすいかを物語っている。投資家にとって、IEEEの主要国際学会の場でファーウェイ半導体トップ自らが語った「具体的な名前のあるアーキテクチャ、公開された目標時期、そして明確な意図」は、今すぐ織り込める材料だったのだ。
LogicFoldingとτスケーリング則が、2031年までに本当に「1.4nm級」のチップを生み出すかどうかは、現時点ではまったくの未解決問題である。市場はすでに短期的な賭けに出た。その設計思想のエンジニアリングとしての正しさを証明する作業は、まだこれから始まる5年間の長い旅路の途中にある。