こうした状況から、一部の従業員の間では**「サムスンのようなストライキ」を検討すべきだという声**まで出始めていると報じられています。
TSMCはこれまで、強い労働組合が存在しない「実質的にユニオンフリーの企業」として知られてきました。そのため、今回のような広範な従業員の反発は業界でも珍しい動きと見られています。
現時点では正式なストライキ計画があるわけではなく、不満は主にオンラインコミュニティや社内の議論にとどまっています。しかし、世界で最も重要な半導体メーカーの一つでこうした声が広がっている点は注目されています。
TSMCの状況とよく比較されるのが、直前に起きたサムスン電子の労使対立です。
サムスンでは、労働組合に所属する約4万8000人の従業員が18日間のストライキを計画していました。実行されれば、半導体産業でも最大級の労働争議になる可能性がありました。
争点は主に「AIブームによる利益をどのように従業員と分配するか」でした。
組合側は次のような要求を掲げていました。
・業績ボーナス上限の撤廃
・ボーナスを営業利益と直接連動させる制度
・利益のより大きな割合を従業員に配分
交渉はスト開始直前まで続き、最終的には土壇場で暫定合意に到達。これによりストライキは回避されました。
合意内容には、半導体部門向けの営業利益に連動したボーナスプールの新設などが含まれています。
また一部の半導体従業員には、数十万ドル規模に達する可能性のあるボーナスや株式インセンティブが含まれるとも報じられています。
両社の問題は「利益と報酬のバランス」という共通点がありますが、状況はかなり異なります。
労働組合の有無
サムスンは強い労働組合があり、大規模なストを組織する力を持っています。一方、TSMCは歴史的に組合の影響が小さく、集団行動は珍しいとされています。
対立の段階
サムスンは具体的な日程を伴うストライキ直前まで進みましたが、TSMCは現時点では主に不満の表明や議論の段階です。
交渉力
サムスンの組合は数万人規模を代表するため交渉力が明確です。TSMCでは組織的な交渉力は弱いものの、同社が世界の半導体供給で占める役割は極めて大きいという別の意味での影響力があります。
こうした動きが注目される最大の理由は、タイミングです。
現在、AI向け半導体の需要は急増しており、TSMCはその中心に位置しています。同社は生産能力拡大のため年間520億~560億ドル規模の巨額投資を進めています。
それでも、AIプロセッサーの需要は供給を上回り、最先端プロセスの生産能力はすでに逼迫しているとされています。
この状況では、ほんの小さな混乱でも影響が拡大する可能性があります。
半導体工場(ファブ)は24時間稼働し、1枚のウェハーがチップになるまでに数週間かかるため、短期間の停止でも生産計画全体に影響が及ぶからです。
もし主要チップメーカーで労働争議が長期化すれば、影響は企業単体にとどまりません。
例えば次のような波及が考えられます。
・AIデータセンター向けアクセラレータの出荷遅延
・スマートフォンやPCの生産スケジュールの遅れ
・半導体価格の上昇
・クラウドインフラ拡張の遅れ
実際、サムスンのストライキ計画も、世界の半導体供給への影響が懸念されていました。
そしてTSMCの場合、その影響はさらに大きくなる可能性があります。なぜなら同社は、現在のAIシステムに使われる最先端ロジックチップの生産で圧倒的な存在だからです。
これまで半導体供給の最大のリスクといえば、地政学、自然災害、製造の難しさなどでした。
しかし最近の出来事は、労働関係が新しいリスクとして浮上している可能性を示しています。
サムスンのスト寸前の状況は、AIブームの利益配分を巡って労働組合がより強く主張するようになっていることを示しました。
一方でTSMCの動きは、組合が強くない企業であっても、従業員の期待が高まれば不満が表面化する可能性を示しています。
AI需要が加速し、半導体企業が過去最高水準の利益を上げる時代では、その利益をどのように従業員と分配するのかという問題が、今後の産業全体に影響するテーマになるかもしれません。