政府はC-22を「時代遅れの1995年制定の通信傍受に関する規則を現代化するためのもの」と説明しますが、プライバシー専門家やテクノロジー企業は、その内容がはるかに踏み込んだものだと指摘します。特に問題視されるのは、法案の第二部「情報アクセスの認可支援法」です 。
公共安全相は、電子通信サービス事業者(ESP)に対し、「利用者情報への政府アクセスに必要な運用上・技術上の能力を開発、実装、評価、試験、維持する」ことを非公開で強制できるようになります。命令を受けた企業は、その存在自体を公にすることさえ法律で禁じられます 。重要なのは、この法律が政府に対し、暗号化を迂回・解除する技術の実装を要求することを、明文で禁止していない点です 。
「中核的提供事業者」と定義される、通信、ISP、メッセージングアプリ、VPNサービスなどは、IPログ、接続タイムスタンプ、経路情報といった利用者のメタデータを、最低1年間記録・保存することが義務付けられます 。
警察は現在、加入者情報を入手するために「信じるに足る合理的根拠」が必要ですが、C-22はこれを「疑うに足る合理的根拠」へと大幅に緩和し、令状なしでの個人特定情報へのアクセスを容易にします 。
裁判官は、「令状発行時には未知のもの」に関する追跡データや通信データを取得する令状を許可できるようになり、未特定の標的に対する広範な監視が可能になります 。
カナダ安全保障情報局(CSIS)は、通信事業者に対し、特定の個人情報を保有しているかどうかの即時回答を求める「サービス確認要求」を発する権限を得ます 。
巨大プラットフォーマーからの反応は、異例の直接性と公然性を帯びています。
アップルはロイター通信への声明で、この法案が自社のセキュリティモデルへの直接的な脅威だと警告しました。同社は「悪意ある攻撃者がユーザー情報にアクセスしようとする脅威が増大し、蔓延する今、この法案は、アップルが提供する強力なプライバシーとセキュリティ機能を損なうものだ」と述べ、「この法案は、カナダ政府が企業に製品へのバックドア挿入による暗号化解除を強制することを許容する可能性があるが、我々は決してそれを行わない」と断言しました 。
Metaも同調し、2026年5月7日には議会公聴会で証言。「法案の広範な権限と限定的な監視は、我々のプラットフォームを『政府のスパイツール』に変える恐れがある」と警告しました 。Metaは議会に対し、第三者による監視機能の組み込みを強制する条項の削除を強く求めています 。
**シグナル(Signal)**の戦略・グローバルアフェアーズ担当副社長、ウドバブ・ティワリ氏は、エンドツーエンド暗号化で知られる同メッセージサービスが、アーキテクチャ上両立不可能なメタデータ保存を強制されるくらいなら、「カナダ市場から完全に撤退する」と最も強硬な立場を表明しました 。
**グーグル(Google)**も法案に反対する業界連合に参加していますが、アップルやMetaほど公然とは発言していません。
メタデータ保存や秘密の能力提供命令は、VPN業界に前例のない決断を迫っています。サービスの中核が「ログ非保存(ノーログ)」の設計思想にあるからです。
NordVPNは、法案が現状のまま成立した場合、カナダから撤退する可能性を明言しました。「当社が強制的な義務に服するなら、ノーログ・アーキテクチャや暗号化保護を妥協するシナリオはありえません。これを防ぐため、カナダ国内の拠点の制限や、必要であれば完全な撤退を含む、あらゆる選択肢を考慮します」と表明しています 。
トロントに本社を置くWindscribeのCEO、イェゴール・サック氏はグローブ・アンド・メール紙の取材に、命令に従うよりも企業ごとカナダ国外へ移転するだろうと語りました 。
ExpressVPNも同法案を公式に批判し、「ノーログ・アーキテクチャと暗号化は交渉の余地がない」としています 。Protonも「ノーログ・ポリシーを放棄する世界線は存在しない」とし、反対の声に加わりました 。
2026年5月7日、米国下院司法委員会のジム・ジョーダン委員長(共和党・オハイオ州)と下院外交委員会のブライアン・マスト委員長(共和党・フロリダ州)は、アナンダサンガリー公共安全相に公式の警告書簡を送りました 。
書簡は、C-22が「米国テクノロジー企業に暗号化の弱体化を強いることで、米国人にプライバシーとセキュリティ上のリスクをもたらす可能性がある」との懸念を表明。エンドツーエンド暗号化を提供する企業は、同法の枠組みのもとで「いずれ自社製品にバックドアを作るよう指示を受けることになるだろう」と具体的に警告しました 。
「現在議会で審議中のカナダの法案C-22は、カナダの監視とデータアクセス権限を劇的に拡大し、米国人のセキュリティとデータプライバシーに重大な国境を越えたリスクを生み出すものです」と、両委員長は書簡で指摘しています 。
また、書簡は、同法案の越境データ共有条項と域外適用性が、適切な保護策なしに米国市民の情報をカナダのデータ保持・共有ルールにさらす可能性についても懸念を表明しました 。
電子フロンティア財団(EFF)は、C-22を「昨年の監視悪夢の焼き直し」と批判。非公開の「能力提供命令」は「広範な監視用バックドア」に等しく、強制的なメタデータ保持は数百万人のカナダ人のプライバシーを蝕むと警告しています 。
カナダのプライバシー法学者、マイケル・ガイスト氏は、この法案が持つ「構造的な脆弱性ギャップ」についてブログで指摘。第二部は、捜査対象者だけでなく、全利用者に影響を及ぼしうる「コンプライアンス用アーキテクチャ」の設計をESPに義務付けると解説しました 。その後の分析でガイスト氏は、技術企業のカナダ離れの可能性は「米国や欧州には存在しない、明白なプライバシーとセキュリティ上のリスクに基づくものだ」と述べています 。
カナダ政府は批判に反論しています。当局はテクノロジー企業が「言い訳をしている」と非難し、同法は児童の性的搾取、人身売買、組織犯罪などの重大犯罪のみを対象としていると主張しました 。政府の背景説明資料では、第二部は通信を傍受する新たな法的権限を創設するものではなく、あくまでプロバイダーが既存の法的命令に応じられるようにすることのみを目的としていると強調されています 。
しかし、こうした説明は反対の勢いをほとんど弱めていません。法案C-22は2026年4月に自由党の多数派により第二読会を通過し、5月から委員会審議が開始されました。既に十数社の大企業が懸念を表明し、うち数社は、カナダ市場からのサービス撤退を示唆しています 。
政府はその後、法案を修正する可能性を示唆しましたが、その範囲は依然として不透明なままです 。