物流コストを押し上げている同じ経済的プレッシャーは、需要そのものも冷やしている。これらのプラットフォームの顧客基盤である欧米の低・中所得者層は、戦争に起因するインフレで購買力を奪われ、支出を絞っている 。超低価格の衝動買い品目を大量に販売することで成り立つビジネスモデルは、コストが上昇するタイミングで、その「大量」が細り始めたのだ。
そして、三重苦の中でも最も構造的な脅威となるのが、EUによる制度変更だ。
2026年7月1日より、EUは域外から到着する低額の小口貨物に対し、1件あたり一律3ユーロの関税を課す。これは、150ユーロ以下の物品に対する免税措置(デミニマス・ルール)を撤廃するもので、シーインやTemuが消費者に直接送る何十億もの小口荷物を標的にしている 。EUはこの抜け穴により、年間約10億ユーロの関税収入が失われていると試算している
。
しかし、手数料そのもの以上に影響が大きいのは、法的責任の根本的な変更である。EUの暫定的な関税改革合意によれば、EU域内の消費者に商品を直接発送するオンラインプラットフォームは「輸入者」とみなされる。これにより、彼らは関税の支払い、付加価値税(VAT)の遵守、そして製品の安全性に対して法的な責任を負うことになる 。EU規則への違反を繰り返した場合、過去12ヶ月間のEU域内総売上高の**1%から6%**もの制裁金が科される可能性もある
。さらに、フランスのリールには新たなEU関税局(EUCA)が設置され、2028年までに越境EC貨物の処理を開始する予定だ
。
この三重苦に対するシーインの答えは、単純明快だ。欧州での事業を、物理的に顧客の近くへと移すこと。
同社はポーランド南西部の都市ヴロツワフ近郊に、総面積74万平方メートルという巨大な物流センターを開設した。グローバル物流不動産のGLP社が開発したこの施設は、シーインにとって欧州市場の主要な中核拠点となり、ポーランド国内での雇用を少なくとも5,000人にまで押し上げる 。
施設内には、大量のEC運営を想定したロボットピッキングシステムや自動仕分けラインが配備され、最新鋭の設備が整っている 。この拠点の戦略的な意義は明白だ。欧州の在庫をポーランドに保管し、大陸内の陸上輸送で配送を完結させることで、不安定なジェット燃料への依存と中国からの空輸依存を劇的に減らすことができるのである。
この転換は、規制面での目的にも合致する。商品をコンテナ単位でまとめて欧州の倉庫に輸送し、通関を一括処理する方式は、中国から1個1個の小包を消費者へ直送し、その度に3ユーロの課金と輸入者としての責任を負うシステムとは、根本的に異なるからだ。
他の中国系プラットフォームも、この動きを注視している。Temuも既に欧州での配送パートナーシップを拡大していると報じられており 、「中国から空輸」モデルが業界全体で終焉を迎えつつある兆候と言えるだろう。
シーインがポーランドを物流拠点に選んだ背景には、欧州のECインフラが直面するより大きなトレンドがある。ポーランドは欧州の中央に位置する地理的優位性から、西欧にも東欧にも効率的な陸路・鉄路での配送が可能だ。パンデミック後のサプライチェーン逼迫と新たな規制負担を乗り切ろうとする企業にとって、ポーランドは物流投資における最適な目的地となっている 。EUの関税規則が厳格化し、航空貨物の高コストが続く中、シーインに続き、地域内の倉庫在庫と地上配送に軸足を移すプラットフォームは、今後ますます増えていくだろう。
もはや、「5ドルのドレス」を中国から直接飛ばすだけのビジネスは、世界的な逆風の前にもたない。シーインがポーランドに築いた巨大な物流要塞は、超格安ファッションのグローバル展開が、次のフェーズへと突入したことを象徴しているのだ。