部分的な再開の兆しが初めて見えたのは4月初旬のことだ。4月3日、フランスの海運大手CMA CGMのコンテナ船が、紛争開始以来初めて通行を許可された西側船籍の船舶となった 。さらに4月17日には、イランがレバノンでの停戦に伴う10日間の停戦期間中、海峡がすべての商業船舶に対して「完全に開放される」と条件付きで宣言した 。4月下旬には、戦争開始後初めてLNG運搬船が海峡を通過。これは世界のエネルギー市場にとって象徴的な節目となった 。
最も顕著な通行量の増加は5月中旬に現れた。海事情報会社ケプラー(Kpler)の記録によると、5月11日から17日の間に、石油タンカーや貨物船を含む55隻の資源輸送船が海峡を通過。数週間続いたほぼ停止状態の後の、突然の急増だった 。
こうした断続的な船舶の通行にもかかわらず、ホルムズ海峡の航行環境は構造的に壊れたままだ。通常の商業航行が再開されるにはほど遠い理由として、いくつかの要因が複雑に絡み合っている。
二重封鎖の膠着状態。 どちらの陣営も譲っていない。イランは「敵対的」とみなす船舶に対する海峡封鎖を続け、友好国や中立国の船舶に対してのみ、イラン沿岸に沿った特定の航路での通行を許可している 。同時に、米海軍はオマーン湾からイランの港に対する封鎖を実施している。複数のアナリストや業界団体は、この対立を「二重封鎖」と呼び、双方向からの船舶交通を締め付けていると指摘する 。5月22日時点で、米中央軍(CENTCOM)は94隻の船舶の航行を阻止したと報告している 。
制度化されるイランの支配。 戦時下の混乱として始まった動きは、徐々に制度として固められつつある。5月18日、イランが新たに設立した「ペルシャ湾海峡庁(PGSA)」は、自らを海峡の通行を管理する「法的機関かつ代表権限」と宣言した 。この一方的な許可・通行料徴収制度は、国連海洋法条約(UNCLOS)に違反するものであり、公海に対する事実上の主権主張にほかならない。イラン国営メディアは、この広範な制度化の一環として、1,500隻の船舶がイランの通行許可を待っていると報じた 。
極めて高いリスク評価と現実の危険。 5月5~6日時点で、JMICはアラビア湾、ホルムズ海峡、オマーン湾のリスク評価を「クリティカル(極めて危険)」に維持しており、航行妨害、封鎖活動、機雷の脅威、残存する軍事衝突のリスクを挙げている 。歴史的な1日平均通行量が約138隻であるのに対し、5月3日にはわずか6隻、4日には5隻の通行しか記録されていない 。機雷除去作業も進行中で、米国防総省(ペンタゴン)は海峡に敷設されたイラン製機雷の完全な除去に最大6か月かかる可能性があると見積もっている。そして、脆弱な停戦合意は繰り返し破られている 。
高騰するコストと事業者の拒否感。 戦争リスク保険料は急激に上昇している。紛争前は船舶保険価格の約0.125%だった保険料率が、一回の航海で5%以上に達した例も報告されており、大型タンカーの場合、数百万ドルもの追加コストとなる 。中東-アジア航路の超大型原油タンカー(VLCC)のスポット運賃は、5月初旬に日額42万3,736ドルと過去最高を記録し、前週比で94%も急騰した 。たとえイランが海峡を一時的に再開したとしても、S&Pグローバルは、解決されない安全保障上および法律上のリスクを前に、タンカー運航会社が船舶と乗組員を危険にさらすことを望まなかったため、確定的な用船契約は一切成立しなかったと報じている 。
立ち往生する船舶と中断された護衛作戦。 米国は湾内から商船を脱出させるため、5月4日に「プロジェクト・フリーダム作戦」を開始したが、トランプ大統領がイランとの協議の進展を理由に、わずか24時間以内に作戦を一時停止した 。この結果、約1,000隻の船舶と2万人の船員が湾内に取り残されたままとなっている 。
総じて見れば、4月中旬以降、主にイランの承認を得た船舶や海軍の護衛を受けた船舶によるわずかな往来が再開され、通行量に小規模ながらも測定可能な増加が見られた。しかし、二重封鎖の同時進行、イランの新たな一方的通行管理機関、JMICによる「クリティカル」のリスク評価、記録的な保険料と運賃、現在も続く機雷の危険、そして護衛なしでの配船を拒否する事業者の広範な姿勢。これらすべてが、一つの結論を指し示している。ホルムズ海峡が、機能的な商業航行の通常状態に戻るには、まだ程遠い状況にあるのだ。